800字チャレンジ - 11/16

『人間×木精』

「今年も綺麗に咲いたね、ありがとう」
そう言って、美しい声を持つ人は俺の幹をそっと撫でた。
庭の片隅で佇む俺を見に来ては、毎年必ず褒めてくれた。
それが嬉しくて、次の年はもっと綺麗に咲こう。その次の年は更に、と欲深くなっていく。
冬の間に力を蓄えて……。
そしてまた一年が経ち、自分でいうのもなんだが今年はとても美しく咲けたと思う。あの人、早く来ないかな、と俺はそわそわ枝を揺らして待っていた。
だけど風が吹いて、夜が来てもあの人は訪れない。
その年、美しく咲いた花は色褪せ、雨粒にさらされて地面に落ちた。
俺はがっかりしたけど仕方ない。また来年になれば見に来てくれるかもしれない。待つのは慣れている。
そう思っていたらどこからか人が沢山やって来て、俺の体を根っこから掘り返しはじめた。
――やめてくれ、俺はここであの人を待っていたいんだ!
叫んでも通じるはずもなく俺の体はまったく知らない土に移されていた。人のいない静かな場所。
家の庭の片隅とはいえ、ずっと町にいた自分にはあまりにも静かで寂しいところに思えた。
あの人と離れて体にぽっかりと穴が空いたようだった。
それでも時は巡り、花の季節がやってくる。去年の出来事があまりにショックで、今年は花を沢山つけることができなかった。
みすぼらしい姿に落ちこむ俺に対して優しく語りかける声がある。
「今年も咲いてくれたんだね。ありがとう」
俺は驚いて葉を揺らした。
「ど、どうして……?」
「移動させて悪かった。俺は君の花が好きだったから、自分の死後も毎年見たいと思ってな。わがままですまない」
「死……?」
驚いていると、俺の根元にある石が墓だと教えられた。
思い返せばこの人の手は年々枯れ枝のようになっていた。俺には長い寿命があるから忘れていたけれど、人はすぐに死ぬんだ。
「これからも毎年、君の咲かせる花を見せてくれ」
そう言って、美しい声を持つ人は俺の開きはじめた花弁に口づけをした。俺は思わず花びらの色を濃くしてしまったのだった。