800字チャレンジ - 16/16

『秋×冬』

唇に熱が触れる。
凍りついた時を動かす――熱。
くっついたまぶたを開くと凍った睫毛がパリパリとかすかな音を立てた。目の前に、秋の高い空を思わせる青い瞳がある。
「おはよう、メビウス1」
四つの季節のうちのひとつ“秋”を司る男、スカイアイ。彼は柔らかく微笑んで俺にもう一度口づけようとする。
「……もう、起きてる」
近づこうとする身体を腕で押し返した。長い時間、冷たく凍りついていた身体は少し動かそうとするだけで関節がギシギシする。だから大した力は込められなかった。そんな俺の身体をスカイアイは抱きしめて温めようとする。“冬”を体現する俺の身体は氷のように冷たいはずだ。スカイアイの身体が冷えるのが心配で、何度も「そんな風にしなくていい」と言ったのだが彼はやめようとしない。「俺も少しは寒さに耐性がある。それに、君が寒そうで見ていられない」などと言う。俺は寒さを感じないし、逆に暑いと熱に触れた雪のごとく死んでしまう。スカイアイも当然、知っているはずだが……。
毎年、秋から冬に季節が移り変わる時期になると、こうしてスカイアイが眠った俺を起こしに来る。
これは季節の始まりの儀式だった。
俺を起こすのに、なにもキスである必要はない。それに、スカイアイの手は温めるのを通り越して、いささか不穏な動きをし始めた。彼はいつ頃からか俺に対し、人間の生殖行為の真似事をするようになった。冷たい身体をまさぐっても何の面白味もないだろうと思うのに、その手は自らの熱を分け与えようと必死だった。俺は温かいを通り越して、あまりの熱さで死んでしまうのではないかと毎回思うのだが、何故か彼を拒めなかった。本当に死んでしまっては事なのだが、スカイアイは「愛があるから大丈夫だ」などとのたまう。
スカイアイの熱にうかされたようになりながら、最近の暖冬はこの男のせいなのでは――と、思わず人のせいにした。

「見てごらん。雪だ」
スカイアイが洞窟の外を指差す。確かに、外には細かな白いものがチラチラと舞っていた。

冬が、始まる。