800字チャレンジ - 12/16

『人間×猫』

冷たい雨が毛を濡らして全身が重たかった。
とぼとぼと歩く。
どこへ向かっているのかもわからないまま。
しかし、もう限界だ。
空腹で力がでない。せめて雨のかからない場所へとうずくまった。
大きな黒い影が迫ってくる。
弱った者は命を狙われる。自分で獲物も取れず、身を守る力もない俺はいずれ死ぬのだろう。わかっていても、その瞬間を思うと恐ろしくなる。
自分よりもはるかに大きな影は、震える身体を軽々と掴んだ。そして俺は抵抗もできずどこかへと運ばれてゆく。

全身に温かい水をかけられ、泡でもみくちゃにされる。ぐったりした身体を、大きな手がふかふかした物で包んでこすった。凄まじい唸り声のする温風をかけられる。
冷えた身体が爪先まで温まって頭がぼんやりとした。その鼻先に、ミルクの甘い匂い。
俺はとにかく舐めた。片足をミルクの中に突っ込むくらい無我夢中で。次はいつ食べ物にありつけるかわからない。腹がはち切れそうになるまで舐めると今度は睡魔が襲ってくる。こんなわけのわからない場所で眠るなんて出来るわけがない。そう思うのに、温かい手に毛を撫でられると気持ちよくなって目蓋が堪えようもなく重くなった。
クス、と微かに笑う気配を最後に意識は途切れた。

朝、なんとも言えず心地よい温もりの中で目覚めた。こんな極上の眠り心地は、生まれたばかりの頃の、母の毛に包まれていた時以来だ。
まだ微睡んでいたかったけれど腹が鳴る。
もぞもぞ動いて穴蔵のような場所から外に出ると、大きな生物の顔があった。これが昨夜、俺を拾ったやつ。じっと見ていると目蓋がゆっくりと開いていった。
青い。
空を写したみたいな青い瞳だった。その目に敵意は感じられない。むしろ、なんというか、くすぐったくなるような甘い視線を向けてくる。

その人は俺に食べ物を与え、夜は兄弟みたいに一緒に寝た。
何日か過ごしたある日、その人が俺をじっと見つめて鳴いた。意味はわからなかったけれど、俺は「ニャア」と返事をした。返事をしてほしそうな気がしたから。
その人は俺の首に、その人の瞳の色に似た青いリボンをくくりつけた。むずむずしたから足で首をかく。そうするとそれは、チリリン、と涼やかな音をたてたのだった。

「今日から、君の名前は『メビウス1』だ」