『モデル×芸術家』
薄暗い部屋。明かりは窓から差す穏やかな太陽の光のみ。油の匂いのする部屋で、ボタンを外しシャツを脱ぐ。一糸まとわぬ姿になる。白いシーツをかけたソファーに身体を預ける。これからしばらくはここから動けないのだから楽な姿勢の方がいい。
素肌に突き刺さる視線。静かな部屋に鉛筆のサラサラと擦れる音だけが響く。
彼は芸術家の卵、といったところか。出会いは突然。見ず知らずの俺に対して真っ赤な顔で「裸を見せてください!」なんて言うものだから警察に通報しようかと本気で思った。彼は若く、身体も俺よりは小柄だったため、あまり脅威には感じなかったが。
よくよく話をしてみると、絵のモデルになってほしいということだった。彼はつまりコミュニケーション能力が皆無だった。だが、芸術家とはそんなものなのかもしれない。才能は常人の思考の上には芽吹かないらしい。彼の絵を見せてもらった時、そう思った。そしてその才能に価値を認められた自分が誇らしかった。
ヌードモデルをするのも最初はさすがに恥ずかしかったが慣れればどうということもない。そもそも絵を描く彼の視線に性的な意味合いが含まれたことはないのだ。描いている時の彼は何時間も座ったまま、水も飲まず、こちらが暇になって話しかけても返事すらない時もある。凄まじい集中力だった。けれども俺は、最近それが少し、つまらなく感じる。
「……そろそろ水を飲まないか」
俺が声をかけてやると、彼は喉の渇きをたった今気づいた顔でペットボトルの水をうまそうに飲んだ。俺が声をかけなければ、彼は筆を持ったまま干からびてしまうかもしれない。
ソファーから伸びをして立ち上がり、彼に近づいた。
「あの、疲れましたか……?」
「いや、そうじゃない。思ったんだが――」
不思議そうに見上げる彼に言ってやった。
「俺ばかりが裸を見せるのは不公平じゃないか? ……君も服を脱いでくれ」
「え」
あっけに取られた彼が、直後、驚きの声をあげて椅子からひっくり返る。初めて出会った時のように真っ赤になった彼を見て、俺はひそかに満足した。