『刑事×暗殺者』
嘘みたいな光景だった。
男の後ろから手で口を塞いでいる青年は、男より頭ひとつ分くらい低い。ぐっと首を後ろに反らされた男の首にナイフがすべった。すうっと赤いラインがひかれ、一瞬後、血飛沫が目の前を染めた。もうひとつ口が出来たみたいにぱっくり開いた傷口。
青年は倒れかかる男からさっと身を引き、血飛沫がおさまったところで、水色のリボンを胸元から取り出し、傷口の上に垂らした。水色が赤黒く染まっていく。
「君は、まさか……」
彼は窓からさす月の光を背に、艶然と微笑んだ。まさか、あのおどおどした態度の、少し頼りなかった青年が。
リボン付きの死神――。
「俺を……殺すのか……」
喘ぐように聞いた。愚問だった。殺しの瞬間を見てしまったのだ。生かしておくわけがない。おまけに負傷していて、満足に動けない。俺はぐっと腹の傷口を手で押さえ、覚悟した。
「どうして?」
青年がキョトンとした顔できく。少したれ目のあどけなさを残した顔は、暗殺者とはとても思えなかった。
「どうしてって、殺人の現場を見たんだぞ」
「あなたは俺のターゲットじゃない。俺の噂、聞いたことないの?」
もちろん、何度も聞いた。その度に、いつか必ず捕まえてやると心に刻んでいたのだから。
ターゲットは必ず殺す。ターゲット以外は決して殺さない、暗殺のプロ。その死体に、自分がやったしるし――水色のリボンを残すことから、いつからか「リボン付き」という通称が出来ていた。
「だが、君の正体を知った者を生かしておくのか?」
「あなたが見たと言うだけじゃ、なんの証拠にもならないよ」
「俺を生かしたこと……後悔するぞ」
俺はせめて、ガラスのような瞳を睨み付けた。
「楽しみだよ。また、どこかで会いたいな……優しいお兄さん」
心底そう思っているとしか思えない顔で微笑み、彼は夜の闇に消えた。それが出会いだった。
果たして、この出会いを後悔したのは俺か、君か――。