『天使×堕天使』
暗く冷たい闇の中、折れた鎌の柄を支えに地面を芋虫のように這いずる。もう足が動かない。天使の投げた槍が太ももを貫いて抜けない。背中にも矢がいくつか刺さって翼を上手く動かせなかった。肉の焼ける匂い。清浄な天使の放つ槍や弓矢は闇に侵された者には猛毒に等しい。身体を引き裂くような痛みにうずくまってうめいた。
(だ、誰、か……――)
一条の光が天からさす。深い闇の底に太陽が輝いたみたいに辺りが眩しく照らされる。潰した目には見えないが、温かく清浄なオーラになつかしいものを感じて戦慄した。
「……こんなところにいたのか」
ため息混じりの声を聞いて絶望する。もっとも会いたくない人に見つかってしまった。闇に堕ちて、こんなに傷ついてボロボロの情けない自分の姿をこの人にだけは見られたくなかったのに。震える身体を起こして何とか飛び立とうとする。が、翼をむやみに動かした痛みで地面に倒れこみ、もがく無様な姿をさらしただけだった。
「ひどい怪我だ」
まばゆい光を放つその人が近寄り、手を伸ばしてくる。身をよじって避けた。
「さッ、触るな……!」
「怖がらなくていい。俺が君を傷つけるわけないだろう」
違う、そうじゃない、と言う前に満足に動けない身体はあっという間に輝かしい腕に拘束され、触れた先からたちまち痛みが消えていった。
「あ……っ」
天使に貫かれた足も背中も、細胞のひとつひとつが熱くなって身体の内側から再生してゆく。その人が目に巻いた包帯に触れた。
「や、やめ……いやだっ」
乾いた血で固まった包帯。この下には何もない。空洞があるだけだ。
「自分で潰したのか……。そんなに全てを滅ぼすその眼の力がうとましいか」
熱い光が弾けるように感じて、包帯が自然とほどけた。目蓋をゆっくり開ける。俺を見つめる美しい青い瞳が目の前にある。背には白い翼。なつかしいその姿に胸が震えた。「こんなに美しい瞳をしているのに」と目蓋に優しく唇が触れる。いたわり、慈しむ、その触れ方は昔と少しも変わっていない。俺の元へ戻ってこいと囁く彼に首を振り、無言で拒絶を示した。
「無理にでも、連れ帰る――」
そう言った彼の背中の翼が大きく広がり、全てがまっ白に染まる。温かい腕の中で、逃げられないことを悟った俺の心中とは裏腹に。
※スカイアイ=ラファエル
メビウス1=サリエル のイメージ