小話まとめ - 8/10

『シャワー@猫』

水しぶきが足元に飛んできて、俺はビャッと飛び退いた。
ピタリと背後にドア。
ダメだ、逃げられない。
「すまん。水がかかったな」
大きな手が伸びてきて、俺を軽々と抱えた。
俺の叫び声がむなしく辺りに反響した。誰も助けてなどくれない。一番に助けてくれるはずの人物が今、俺を拘束しているのだから。
ジタバタと身体をくねらせて逃れようとしたが、普段はあれだけ優しく身体を撫でる手が、このときばかりは容赦がない。
温かい水に足先をつけられる。足から背筋にゾワゾワと得体のしれないものが走って身震いした。それをどう勘違いしたのか「怖くない、怖くない」と宥めるような声が降ってくる。そんな声を出しても無駄だ。俺は水に濡れるのが大嫌いだ。寒気がする。
そもそもなんでこんなことをするのかわからない。いつも身体は隅々まで舐めて綺麗にしているというのに。
温かい水が表面の毛を濡らす。それだけでも嫌なのに、さらに水は内側の柔らかい毛にまで侵入してくる。全身がじっとりと重くなって、毛が皮膚に張りついて気色悪い。
そこへ泡立った何かをこすり付けられる。
わかっているのか? 俺たちはこの体毛で体温調節をしているんだ。その毛がこんなにも濡れてしまっては乾くまでに体温が奪われて、命に関わることもある。
ニャーニャーと見上げて訴えるのだが「はいはい、大丈夫、大丈夫」と全く取りあってくれない。
身体をゴシゴシと擦られ、暴れるのも鳴くのにも疲れてきた。ぐったりしていると手はさらに大胆に動く。尻の方まで洗われて「フギャ!」と叫んだ。
まさか尻の穴まで洗われるなんて思わず、恥ずかしさのあまり身体を固定していた手に噛みついてしまった。
ぷすりと牙に刺さる皮膚の感触。
まずい……。
とっさに顎の力を弱めた。ふわりと湯気に漂う血の匂い。
どうしよう、噛むつもりはなかったのに。
恐る恐る見上げると、彼はいつもと変わらない優しい笑みを浮かべていて、俺は心底ほっとした。
疲労も相まってすっかりしょげた俺を、彼は逆にやりやすくなったとばかりに鼻唄を辺りに響かせながら洗い流し、タオルでガシガシと拭いた。
温風で乾かされ、ふわふわの毛並みになった俺をバンザイするみたいにあお向けに固定して、腹毛に鼻面を埋めてくる。
これはいったい何をやっているのだろう? 腹に息がかかってくすぐったいのだけど。
まったく、この人の考えはよくわからない。
いつまでも腹の匂いを嗅がれて恥ずかしくなった俺は、後ろ足で大きな頭を蹴った。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!