『爪切り』
硬質な音がパチン、パチンと鳴る。
ソファーに片足を上げたメビウス1が、爪切りで足の爪を切っていた。下には爪が飛び散らないように新聞紙をひいて。風呂あがりのパジャマ姿で。
スカイアイはそれを落ち着かない気持ちで眺めていた。
隣でじっと見てしまったからだろうか。メビウス1は「どうかした?」と手を止めた。
「いや……」
何と言って切り出すか迷い、頭をかいた。
「スカイアイも爪、切る? ……ちょっと待って、すぐ終わるから」
「いや、そうじゃないんだ」
「? ……そういえばスカイアイは爪、いつも綺麗に短くしているよね」
「エチケットだからね」
「でも、爪を切っているところを見たことない気がする」
「爪はいつもバスルームで整えているよ。……俺の国では、人前で爪を切るのはタブーなんだ」
「えっ、そうなの!?」
こういう反応になるのはわかっていた。こぼれ落ちそうなほど目を見開いたメビウス1に説明した。
スカイアイの故郷では、爪切りは人前でするものではないと教えられる。切った爪は排泄物と同じという考え方なのだ。人前で切ろうものなら眉をひそめられ、非常識の烙印を押される。
初めてメビウス1がスカイアイの目の前で爪を切り出した時には驚いた。メビウス1の生まれ育った国では爪切りを人に見られても構わないものらしい。こんなに堂々と、手の爪も、足の爪も切っている。
彼のこんな姿を見ていていいのだろうか。自分が席を外せばいいものを、スカイアイは後ろめたく思いながら、しかしいつも目を反らすことができないでいるのだった。
「う……ごめん、どうしよう俺、知らなかった……!」
メビウス1は爪切りを手に持ってうろたえ始めた。
メビウス1には、いけないことをしているなどという感覚はなかったはずだ。恥ずかしさもない。しかしスカイアイから聞いてしまった以上、目の前で切り続けるのはマナーに反すると思ったのだろう。
「いいんだ、メビウス1。気にするな。君は気にせず切ればいい」
「でも……」
彼には彼の常識と価値観があり、スカイアイの常識が正しいと押し付けるのは違うと思う。生まれ育ってきた文化を否定するのは、彼自身を否定するようなものだからだ。
全く違う文化で育ってきたのだから、価値観が違うのが当たり前だろう。しかし彼とは、お互いの価値観を認めあっていきたい。
「俺と一緒に過ごす時間、君には自由でいてほしいんだ。……ここが、自分の家だと思って」
「…………ん」
メビウス1は頬を染めて、わずかに躊躇いながら頷いた。
再びリビングには、パチン、パチンと爪を切る音が響きわたった。
幾分か、その軽やかさを増して。