『三時の雨宿り』
この国では、雨が降っても皆、傘をささない。でも、俺の国では雨が降れば傘をさすのが当たり前だったから、濡れるのが嫌で店先を借りて雨宿りをした。走る人たち。重たい雲。
雨の中、貴方が傘を持って迎えに来てくれた。「君は濡れるの嫌いだろ」って。こういうの、相合傘って言うんだよ。知ってる?
『足して割って、ちょうど』
手を伸ばす。もうちょっとで届きそうなのに、その数センチが絶望的。脚立を持ってくれば解決するけれど、プライドが邪魔をした。それを貴方は後ろからひょいと取る。
「いいな、貴方は背が高くて」
ため息を吐くと、困る時もあるという。
「たとえば、キスしたい時とか」
そう言って貴方は身を屈めた。
『痛いの痛いの飛んでいけ』
「イタイノイタイノトンデケー」
彼が呪文を唱える。いつもは見下ろしている彼に見下ろされ、頭を撫でられるのは何だかくすぐったい。
「それは何のまじない?」と笑ったら、彼の頬がリンゴみたいに赤くなった。
君は魔法使いかな? 朝からのひどい頭痛が、君に撫でられただけでひいてしまったよ。
『その色は誰の色?』
「君は本当に青が好きだね」
マグカップも歯ブラシも、いま着ているパーカーも、気がつけば身の回りの物は同じ青。
彼の指摘にドキリとした。本当に好きな青は手に入らない。だから、これらは代替品にすぎない。
だって俺が好きな青は、貴方の持つふたつのサファイア。天空の色。ただそれだけ。
『噂の二人』
「俺たちがデキていると噂になっているらしい」
「へぇー」
わざと気のない返事をした。噂が真実であればどれほど嬉しいか、悟られたくなかった。
「噂を本当にする気はないか」
俺の気も知らず、そんなことを言う貴方の目を見つめる。青い瞳、その奥に、からかいの色がなければいいと願って。
『膝枕』
貴方はソファーで趣味の読書をしている。俺はそんな貴方の膝に頭をあずけて昼寝をする。
貴方の膝は、ちょっと高くて、ちょっと硬くて、寝心地はよくないね。だから眠りすぎなくて、ちょうどいいんだ。
ときどき貴方が髪を撫でる。ページを繰る音を子守唄に、今日も惰眠をむさぼる。ネコみたいに。
『香水』
「お前、いい匂いがするな。香水つけてたっけ?」
仲間に言われてドキッとした。昨夜、あの人のベッドでずっと寝ていた事実を、見透かされたような気がしたから。
深い森林の中にいるような香りが、自分の体から、ずっと、かすかにしている。離れていても、あの人に包まれているような気分になった。
『腹を括れ』
さんざん態度では示してきたつもりだった。全てが君に伝わったかどうかはわからないけれど。
言葉を告げずにいたのは、君に受け取る余裕がないように思えたから。だけど、考える猶予はたっぷり与えたのだし、もうそろそろ腹をくくってくれないか。
この言葉を告げてもかまわないよな。
――愛していると。
『目を閉じれば』
眠い。すごく眠い。
目を閉じれば眠ってしまいそうだから、上目蓋と下目蓋がくっつかないようにする。
そうやって必死に力をいれてる時、隣にいる貴方が優しく頭を撫でる。すると力が抜けて、すとんと意識が落ちてしまう。
わざとやってるの? せっかく貴方と二人で話せる時間だから頑張っているのに。
『おやすみって言いたかっただけ』
別れ際、彼が何か言いたげに口を開いた。
「どうした?」
「あ、ううん。おやすみって言ってなかったな、と思って」
少しうつむきがちにモジモジして、けれども「おやすみ」を言えるのが、至上の幸福であるかのような微笑みを浮かべる彼に、胸が痛くなった。
これから毎日、「おやすみ」を君に返すよ。
『君のいない春に眠る』※死にネタ
目覚める前の一瞬、君の温もりを探すクセがぬけない。君の夢を見た朝は、幸せな気分にひたっていたいのに、現実と向き合わされるのだ。
ある朝、君はその背に本物の翼を生やして現れた。桜色の頬。この腕に抱きしめても、君は消えなかった。
空を指して君が誘う。
「一緒に飛ぼう、あの日みたいに」
お題:
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