小話まとめ - 10/10

『水族館にて』

 

青に沈む。
メビウス1と共に巨大な水槽を仰ぎ見る。
海の中にいるみたいに全てが青色に揺らめいている。
大小さまざまな魚のうろこが反射して、キラキラと光った。

メビウス1はさっきから口が開きっぱなしだ。上を向くから自然とそうなるのだろう。無防備に呆けた感じがちょっとかわいい。
「メビウス1、はぐれるなよ」
平日の水族館だ。それほど人は多くないが、あまりにも他が目に入らないメビウス1の様子に心配になったスカイアイは声をかけた。
「ん……」
聞いているのかいないのか。顔は水槽に釘付けのまま生返事をされて、少し寂しい。
デートを楽しんでくれるのは嬉しいが、恋人の存在を忘れられたのでは本末転倒だ。スカイアイはメビウス1の手をそっと握った。ハッとしてこちらを振り返るメビウス1に、面目を取り戻した気がした。
「スカイアイ……」
手を放そうとはしないが小さな声でとがめる。身体を寄せてスカイアイも内緒話をするみたいにささやいた。
「暗いから平気だよ。……それにしても、ずいぶん夢中だな。そんなに水族館が楽しい?」
「うん……。水族館って子供の頃に両親と行ったっきりだったから」
メビウス1がはにかむ。子供みたいに夢中になっているのが恥ずかしかったらしい。
こんなに楽しんでくれるなら、もっと早く連れてくればよかったと後悔した。水族館は、デートとしては定番すぎて面白味がないかと思っていた。もしくは子供っぽいかとも。
メビウス1にはどんなデートコースが刺さるのか読みづらい。恋人はもちろん、友達もいなかった彼にとっては誰かと遊びに行くという経験がそもそも少ない。

頭上にふと影が差して見上げると、大きなサメが小さな魚を引き連れて横切った。
「海の中って、まるで空みたいだよね」
メビウス1がうっとりした顔で呟く。
「サメとか、なんか飛行機に形が似てるし……こうして見ていると空に溺れているみたいで――って、あ、ごめん、俺、変なこと言ってる?」
メビウス1は口に手を当て、不安そうにスカイアイを見上げた。
「いや……そうだな。なんとなくわかるよ」
答えながらメビウス1に微笑んだ。彼が水族館にこれほど惹かれる理由がおぼろ気にわかって、どこか安堵した。
メビウス1の肩に腕をまわすと、彼もまた安心したように微笑みを返した。

二人の見つめる真っ青な世界を、デルタ翼を広げたエイがゆったりと羽ばたいていった。