アンドロイドは花の夢をみるか - 4/4

4.

朝、いつもの時間に目が覚めた。
あれは夢か?
いや、思い返せば俺はこれまで夢を見たことがなかった。アンドロイドなのだから夢を見るはずがない。では、あれは記憶――記録か。
ずっと、ずっと前の。
俺の元である人間、スカイアイ。恋人のカケラのような存在のメビウス1を、ひとりで残すのがかわいそうだったから、俺を、自分のカケラを作らせた。
なんてエゴイストだ。
自分の元だというのが恥ずかしくなる。だが同時に、とても理解できてしまう。自分も同じ立場ならそうしたかもしれない、と。
扉がノックされる。いつもの朝と同じ時間にメビウス1が入ってきた。
「おはようございます、マスター」
その声は滑らかで、自然な人の声を真似ている。夢の中の機械音声とは似ても似つかないのに、なぜかあの声を彷彿とさせた。
「メビウス1……」
ベッドから立ち上がり、メビウス1の前に立つ。見上げてくる瞳。透明で、何の感情も映さない瞳。
「体調はいかがですか?」
「ああ、悪くないよ」
答えを返しながら、俺は彼を抱きしめていた。
「ス、スカイアイ……?」
「しばらく……このままで」
メビウス1を抱きしめると、不思議と充足感がわいてくる。アンドロイドなのに、温かく、柔らかい。すっぽりと腕におさまる身体。
俺には人間のような感情がある。それはあの男が俺をそう作らせたからだ。感情がなければ彼を――メビウス1を想うことができない。自分の存在意義がひどく、ふに落ちる。
人間だろうがアンドロイドだろうが些細なことだった。

俺は彼を、この腕で抱きしめるために生まれてきたのだ。

 

それからも、俺とメビウス1の日常はさして変わらない。俺は俺の感情のままに彼に接してきたし、これからもそうするだろう。彼の側にいる。それこそが重要で、大切なこと。
メビウス1が日課の、庭の水やりをし始める。
突然、メビウス1が叫んだ。
「スカイアイ! 来てください!」
「っ……どうした!?」
メビウス1が大声を出すなんて滅多にない。何事かとリビングのソファから立ち上がり、テーブルに膝をぶつけながら慌てて庭に出た。
「花が……花が咲きました!」
振り返ったメビウス1は頬を子供のように染めていた。目をキラキラさせ、口元はほころんで。
初めて見た、彼の笑顔。思っていたとおり、いや、それ以上にかわいらしい。
愛おしさが胸にわきあがる。
彼は自分が笑っていることに気づいているのだろうか。
――いいや、たぶん気づいていないな。
彼は自分の育てた小さな花に夢中だ。
「そうだな。……花が、咲いたな」
感情がなかったはずのメビウス1の中に芽吹いた想い。彼はこれから少しずつ、いろいろな感情を学習していくのかもしれない。それはとても素敵なことじゃないか。
どれだけ時間がかかろうとかまわない。俺たちには無限の時が用意されているのだから。

いつの日か、感情を覚えた君と――。

 

 

 

 

 

ねぇ、スカイアイ。
ん?
俺が初めて育てた花の色って覚えてる?
ああ、もちろん覚えてるよ。――ピンクだった。
違うよ、黄色だよ。
ピンクだよ。
えぇー……。スカイアイ、記憶回路が故障してるんじゃない?
ふふ、そんなわけないだろ。ちゃんと覚えてるよ。

(花がほころんだみたいな、君の頬笑みを)