アンドロイドは花の夢をみるか - 1/4

1.

「メビウス1、お茶を淹れてくれないか」
「はい、マスター」
俺の言葉に素直な返事をするのは、うちの家事アンドロイド――メビウス1だ。見た目は人間と見分けがつかないほど精巧に作られている。特別に美しいわけではない。そういう用途のアンドロイドもいるが、家事用アンドロイドは人に不快感や威圧感を与えないよう、わりと平凡な容姿をしている。メビウス1も平凡に、少しの可愛らしさを足したような容姿だ。青年タイプだが、背は小さく童顔で、鼻の上にうっすらとそばかすまである細かさだった。
しかし、その表情はピクリとも動かない。能面のような表情。精巧で人間とかわりないだけに、違和感が浮き彫りになる。やはり中身は機械なのだと。
「どうぞ」
テーブルにそっと置かれるティーカップ。
「ありがとう」
香り立つ紅茶は計算しつくされた味がした。
「うまいよ」
メビウス1に向かって微笑む。しかし彼は無表情に「ありがとうございます」とお辞儀をするだけだ。
ため息を吐いた。
「おかしいな。君には愛想笑いプログラムを入れてもらったはずなのに。全然、機能していないんじゃないか?」
「機能に問題はありません」
「じゃあ、どうして君はニコリともしてくれないんだ?」
「笑うべきタイミングがわからないからです」
「ああ……そう……」
ガックリとうなだれた。メビウス1はどうやらアンドロイドとしては、相当な変わり種のようだった。

友人のところへメビウス1を返して、数日後に彼は帰ってきた。
家事問題はおおむね解決した。彼はさまざまな家事をきちんとこなせるようになった。が、しかし、なぜか皿を割るクセだけは抜けなかった。まあ、それもまた愛嬌であり彼の個性なのかもしれない。仕方がないので皿洗いだけはいまだに自分でやっている。それでも大きな進歩ではあった。

メビウス1は庭に出て、日課の水やりをしている。
最近はいろいろな花の種や植物の苗を買ってきては、せっせと育てている。おかげで庭は緑の園だ。
庭にちょこんと座り込んで地面を眺めているメビウス1に声をかけた。
「花は咲いたのか?」
「もう少し暖かくならないといけないようです」
俺は花の種類にそれほど詳しくないから、この地面に植えられた植物を見てもどんな花が咲くのか想像もつかない。
植物を見るメビウス1の目はどこか優しい。
「植物が好きか」
「はい……、あ、いえ、よくわからないのですが。……彼らを見ていると、毎日同じように見えて、着実に成長しているのがわかります。“生きている”んだなって……」
生きている、か。
アンドロイドの彼は生き物と言えるのだろうか。いや、やはり言えないだろう。彼はどんなに精巧でも機械である。人間がそれらしく作ったもの。そんな彼に向けたこの感情はなんなのだろう。
花が咲いたら、彼は笑うだろうか。
そのときを待ち望んでいる自分がいる。花が咲くように笑う君を見てみたい、と。
俺にはちっとも微笑んでくれない君だけれど、笑えばきっと、かわいいに違いない。

テーブルにある飲み終わったティーカップを片付けようとして立ち上がる。
地面が揺れるようなめまいを感じてふらついた。カップが手から滑り落ちて高い音を立てて割れる。
何度も聞いた、懐かしい音だ。
「スカイアイ!」
庭にいたメビウス1が気づいて走りよる足音が聞こえる。俺はひどいめまいに襲われ、床に倒れ伏した。
「マスター、大丈夫ですか!?」
「……う、……っ」
身体が平衡感覚を失い、気分が悪い。冷や汗が出る。目を閉じても目の前が回っている。
「少し待っていてください」
そう言って、メビウス1の足音が小走りに遠ざかる。遠くから話し声が聞こえて、どうやらパソコンで通話をしているようだった。
「博士、メビウス1です」
「ああ、なんだ。どうしたー?」
聞くものをイラつかせる間延びした声。この声には聞き覚えがある。メビウス1が話している相手は、メビウス1を作ったAIの研究者。俺の友人だ。だが、なぜヤツにかける。こういうとき、普通は救急車を呼ぶものだろう。
「マスターの、――身体の調子が――――です」
「ああ……メンテナンス――――かもな」
二人の会話はボソボソとして聞き取りづらい。が、気になる言い回しが聞こえた。
メンテナンス? なんだその言い方は。
それでは、まるで俺が……。

きっと聞き間違いだろう。
遠くなる意識の中で自嘲した。
馬鹿げた発想だった。
自分が、まるで機械のようだなんて。