探し物はなんですか3 - 1/4

夢を見た。

鳥になって空を飛ぶ夢だ。
どこまでも高く広い空を、たくさんの鳥たちが飛んでいる。俺もその群れの中に混じり、もっと高く、もっと速くと競っていた。
それが気に入らなかったのだろうか、周りの鳥たちが俺を追いかけはじめた。
背後からつつかれ、上から蹴られ、なじられる。
俺は逃げた。
逃げても逃げても追われ、どこまでも追いすがられ、墜ちる恐怖から俺は反撃した。つつかれたらつつき返し、蹴られれば蹴り返す。上に下に、くるくると円を描きながら一羽、また一羽と撃退していった。
呆気なくヒラヒラと墜ちていく鳥たち。最後の一羽まで俺は落とした。
ああ、なんてことを。
すべて殺してしまった。
「俺は、人殺しだ」
広大な空の上でひとり、俺は飛び続けた。
当てもなく……その翼が力尽きるまで。

目が覚めたとき俺の頬は濡れていた。
埋めようのない孤独と、胸にぽっかりと穴が空いたような虚しさだけが残っていた。
そして、無性に会いたくなった。
先生に――。

 

 

 

1.

手を伸ばす。
届きそうで届かない。
「も、もうちょっと……っ」
校舎裏にそって植えられた木に登って、校舎の窓の方へ手を伸ばす。人に見られたら恥ずかしいから、放課後の人が少なくなる時間を待った。そもそも、ここにはあまり人は来ないのだけど。だから、お気に入りの場所だった。
下から見たら大したことのない高さでも、上から見ると足がすくむ。落ちるかもしれないという恐怖から、手をいっぱいに伸ばしきれない。こんなとき思う。なぜ俺は飛べないのかと。翼があれば、みっともなくこんなことをしなくてもいいのに。

その思いを振り切るように、えいっと勢いをつけて前屈みになった。
手が校舎の二階の窓の出っ張りに届く。
やった! と心の中でガッツポーズをしたとき。
「なにをしている!」
地上から誰かに怒鳴られ、驚いて手が滑った。支えをなくした身体はグラリと傾く。その先は固い地面。
「ひぇ……!」
「危ない!」
頭から血の気が引いた。重力に従い身体は落ちていく。ぎゅっと目をつぶった。
嫌だ。死にたくない。
そんなとき俺が思ったのは、やっぱり、翼があれば――だった。

「う……ッ」
誰かのうめく声が聞こえた。
地上に激突したはずの衝撃はあまり感じられなかった。
冷静に考えれば、二階から落ちたくらいで死にはしない。せいぜい打撲や骨折程度だろう。しかし、自分の身体に痛みはほとんどない。なにか温かいものに包まれているような感じがする。
「大丈夫か?」
すぐそばから聞こえる、低くて、どこか甘い声。
そっと目を開けると、すぐそばに青い瞳がある。心臓が止まりそうになった。
「せ、せんせい……」
俺は英語の先生の膝の上に抱き止められていた。痛くないはずだ。
鼻と鼻がふれ合いそうなくらいの距離。これまで誰かと、友達とだってこんな距離に近づいたことがない。……友達なんていないけど。
先生も俺を驚いたように見ていた。その青く美しい瞳に俺を映している。
そのとき、俺の腹の中がピイピイと鳴いた。
「……なんだ?」
先生は、突然聞こえた音に怪訝な顔をした。俺の腹の中がモゾモゾする。慌てて制服のシャツに手を突っ込んで、音の原因を外へ出した。
「こ、こいつが地面に落ちてて……」
手の平にすっぽりとおさまる、ふわふわの毛に覆われた雛鳥。まだ羽は小さく弱々しい。
「ツバメのヒナか」
「あそこに巣が」
俺は校舎の二階の窓、ひさしのような出っ張った部分の下を指した。そこに泥を固めたようなツバメの巣がある。
「あんなところに巣があったなんて気づかなかったな。なるほど、あそこは化学室だったな」
化学室は薬品を置いてあるため、危険だからいつも鍵が掛かっている。教室から入って巣にヒナを戻せたらよかったのだが、教室の鍵は先生の許可がないと開けられない。だから俺はこんな、木に登るなんていう方法を取った。俺が無謀な真似をした理由を、先生は皆まで言わずとも察してくれたらしい。
「先生……」
俺は助けてほしいと願いをこめて、先生を見つめた。先生ならきっとなんとかしてくれるに違いないと、なぜだか決めつけていた。
やれやれとため息をつく先生。
「怪我はないか」
「あ、はい……!」
いつまでも膝の上に乗っているわけにはいかない。よく考えればとんでもない状況だ。先生とこんなに密着して、抱きしめられているなんて。
身体中から汗が吹き出す。慌てて先生から離れた。
「理科実験室の鍵を取ってくるから、教室の前にいなさい」
先生はスーツの土埃を払いながら職員室へ鍵を取りに行った。その後、教室の鍵を開けてもらい、その背の高さでヒナを巣に戻してもらった。

夕暮れに染まる校門前は、帰宅する生徒もまばらだ。こんな時間まで付き合ってくれた先生に、俺はしっかり頭を下げた。
「先生、ありがとうございました」
俺はなんだかウキウキしていた。今回のことがきっかけで、先生にもっと近づけるんじゃないかと浮かれていた。秘密を共有したような、そんな気がしていたんだ。
俺は浮わついて、それが態度にも表れていたのかもしれない。
先生はそんな俺からスッと目をそらした。
「いや……」
眉を寄せ、なにかを堪えるような渋い顔をして言葉を濁した。
俺はハッとして、確信した。
先生は、俺を見ない。
これまでどんなに俺が先生を見つめても目が合ったことがない。そんなことがありえるだろうか。普通、視線を感じたら気になってそちらを見るくらいするだろう。つまり先生は意図的に俺を見ないように意識しているんだ。それほど俺のことが嫌いなのか。
俺の浮わついた気持ちは冷水を浴びせられたように冷たく凍りついた。
「あ……それじゃあ……帰ります……」
自意識過剰な自分がみっともなく、恥ずかしかった。先生と少し距離が縮まった気がしたのは自分だけだったのだ。
小さな声で呟いた「さようなら」の声は、夕暮れの風にかき消されたのか、先生からの返答はなかった。