とある研究者の回想

出会ったばかりの頃、スカイアイは俺のことをよく思ってはいなかったようだ。
その頃の俺はまだろくな実績もない研究者。独自のAI理論を持ってはいたが研究資金がなかったために自らを軍に売り込んだ。
スカイアイは、メビウス1の戦闘データを使った無人機のAI作成にはひどく反対していた。それもそうだろう。自分の恋人をさんざんこき使った挙げ句、死後にまで利用しようとする軍のやり方に反発する気持ちもわからなくはない。俺は機械ばかり相手にしているが、血も涙もあるつもりだ。
スカイアイの意識に変化が訪れたのは、俺が最初に試作したメビウス1のAIを見たときだった。「見た」というより「話した」と言った方が正確か。
まだ片言の、赤ん坊同然のAIだった。
それなのにあいつは――「おはようございます、スカイアイ」と、AIに語りかけられて滂沱の涙を流したのだ。
わけがわからなかった。相手はただのAIだ。
俺はメビウス1という人物を知らない。軍に来たときにはすでに死亡していた。だからどんな人間だったかはデータでしか知りようがない。そんな俺が、冷蔵庫の余り物でちゃちゃっと作った晩飯のようなAIに、あいつは涙を流したのだった。
それ以降、スカイアイは頻繁に俺の研究室に入り浸るようになった。目的はわかっている。メビウス1だ。あいつはいつの間にか、あれだけ反対していたAI作成に協力するようになっていた。実際のメビウス1をよく知るスカイアイが協力してくれるならAIの精度も上がる。こちらとしても不都合はなかった。
しかし、なぜ急に考えが変わったのか。不思議に思って尋ねたことがある。
「このAIを、一瞬でもメビウス1だと思ってしまったんだ。――もう、壊せない」
愛する者の複製を嫌悪しながら、それに囚われてしまった自分を、諦めたように力なく笑う。
スカイアイは情の深い男だった。
メビウス1を作成するにあたって、それはもう細かな注文を出された。それは戦闘に関係があるのか、と眉根を寄せて言いたくなるようなことまで。加えて自分のAIを作れとまで言い出したときには、ついに頭がおかしくなったのかと邪推した。しかし、あいつは真剣だった。
「俺はもうすぐ死ぬ」
あっさりと、旅行に行くような気軽さであいつは告げた。
だから自分を残したいのだと。
軍には無人機のAIをサポートするAIが必要だと許可を取った。しかし、そんなものは表向きの理由。
スカイアイはAIに人間と同等の感情を持たせたいと言ったのだ。そんなことが果たして可能なのか、俺自身、研究者として興味が沸いた。スカイアイと利害が一致した瞬間だった。
そして出来上がったのが、スカイアイのAI――つまり、

「お前だ」

自分の元である男の話を、スカイアイは研究室のベッドの上で横たわりながら黙って聞いていた。
度重なるボディの不調により、仕方なくこの俺の研究室に足を運んだらしい。会いたくもなかったと顔にありありと浮かべ、第一声が「殴られる覚悟はできているか」だったから、俺の“実験”が相当頭にきていたんだろう。だが、こちらも黙って殴られてやるほど寛大じゃない。
スカイアイの動きはずっとメビウス1にモニターさせていたから知っている。スカイアイが真実に気づくことは想定内だ。スカイアイにはそれだけの知性がある。不自然さをあえて残し、真実にたどり着いたときの感情の動きこそを知りたかったのだ。
人間であることを選ぶのか、機械であることを受け入れるのか。その絶望、葛藤を。
こんなことを話せば、それこそ殴られそうだ。胸の内でこっそり笑う。
「お前は、本当にスカイアイにそっくりだ」
「スカイアイを元にしているんだから当たり前だろう」
スカイアイのボディのチェックをしながら語りかける。思うに、最近のスカイアイの不調と目眩は、スカイアイに施してあった人間と思い込ませるためのプログラムが、スカイアイをうまく騙せなくなったことによって起こったバグのようなものだろう。
「わかってないな。双子にもわずかな差異があるように、人間を元に作ったからといって、その人間そのままになるわけじゃない」
「そういうものか」
「お前は、メビウス1を愛しはじめている」
俺がそう告げると、スカイアイのバイタルに乱れが生じる。どんなに冷静な顔をしても、機器に繋がれた身体の反応は隠せない。
「……っ、だから、なんだ。それはスカイアイがメビウス1の恋人だったから――」
「スカイアイはお前に感情を入力したが、メビウス1を愛する気持ち自体はインプットしなかった」
スカイアイは目を見開いた。
「まさか……。なぜ――」
その「なぜ」には、「それほど愛していたのにスカイアイは、なぜ自分にメビウス1を愛すように設定しなかったのか」と、「設定されていないにも関わらず、なぜ自分がメビウス1を愛しはじめているのか」の二つの疑問が含まれているように読み取れた。
「これは思い出すのも胸くそ悪いんだがなぁ……」
今のスカイアイと同じ疑問を、俺も当時のスカイアイにしたことがある。なぜそんなことを聞いてしまったのかと、当時の自分を殴りつけたい。
奴はいけしゃあしゃあと、こう言ったのだ。
「俺が愛するメビウス1はただひとりだ。この愛は俺のもので、そして天上にいる彼のものだから分け与えることはできない。……それに大丈夫だ。わざわざ設定しなくても、俺ならばAIであろうと彼のことを好きになるに決まっている」
そう自信満々に笑ったあいつの顔を忘れられない。そして今、実際にそうなっているのだから、あいつがどこかで得意気な顔をしているような気がして腹立たしくてならないのだ。
それを聞かされたスカイアイは、なんともいえない顔を右手で覆った。
そこにあるのは羞恥か、あるいは俺と同じく、尋ねてしまった後悔か。
「俺はなあ、お前らのノロケをずーっと聞かされ続けたようなもんなんだよ」
生きていたときから、死んだ今になってもなお。見せつけられている。
だから、スカイアイ。俺に怒るのはお門違いだ。メビウス1と二人で暮らせるようにしてやった俺に、感謝して欲しいくらいなんだがな。