人魚のひみつ - 6/6

epilogue.

潮の香り。
湿った風が肌を撫でる。
スカイアイは岩場に立って、水平線を眺めていた。
あの波間にキラキラと鱗が光って、こちらに向かってやってくる――そんな幻が時々、白昼夢のように見える。
あれから一年がたった。
スカイアイは副官のエリックと共に軍に潜んだ間諜を見つけ出すことに成功し、次に起こった戦いでは勝利をおさめることができた。
もちろんこれで戦争が終わったわけではなかった。ただ、どちらの軍も攻めあぐねて膠着状態に陥った。
国には、しばしの平穏がおとずれた。
スカイアイは自らの屋敷に戻った際にはこうして海を眺めて過ごしていた。本を読んだり、昼寝をしたりしながら、ひたすらに待っている。
今日も空振りだったかと、赤く染まってきた空を眺めて帰る支度をする。最後に美しい夕暮れを目に焼き付けていた時だった。
赤い光を反射する波間に、輝く尾びれを見た気がした。
――まさか。
スカイアイは靴を乱雑に脱ぎ捨て、反射的に海に飛び込んでいた。
海水が太陽にほてった身体を冷やす。
耳の中にゴボゴボと水の入った音がする。
うっすらと目を開ける。
青い世界。
水面から光の筋がいくつも降りそそいで、幻想的な景色を作り出していた。
ゆらゆらと揺れる海草。
小魚が泳ぐ。
その先に、こちらへ向かって真っ直ぐに迫り来る魚影がある。銀の尾びれ。
「スカイアイ!」
こもった水音しか聞こえないはずの自分の耳に、彼の声が確かに届いた。
彼の名を呼びたいのに自分は声を出せない。それどころか、もう息が苦しくなってきている。
飛び込んだ海中で浮遊しているしかないスカイアイの元に、メビウス1が飛び込んできた。抱きついてきた身体をしっかりとこちらも腕を回して抱きしめる。
ああ、この感触。
「会いたかった……」
――俺もだ。
そう声に出したかったが人間は水の中では喋れない。メビウス1は海の中でも問題なく喋れるようだ。これでは以前とまるで逆だともどかしく感じるスカイアイの目を見て、彼は柔らかく微笑んだ。そうだった。自由に話せない苦痛は彼の方がよく知っている。
水中の逢瀬を楽しみたかったが、スカイアイの息が限界に達した。口から大きな空気の泡が出る。
するとメビウス1が顔を近づけてきた。鼻先を合わせて、まるでキスをするように。
いや、“まるで”ではなく、これはキスそのものだ。見つめ合いながらゆっくりと唇を近づけていく。
柔らかな感触が唇を覆った。
しっかりと触れあったメビウス1の口から吐息が送られてきた。スカイアイの息苦しさが少しマシになる。そうやって何度か酸素をもらう。
メビウス1の長い尾びれがスカイアイの足に絡み付いた。もう離れないとでもいうように。
吐息の交換が、次第に熱を帯びたものに変わる。
二人は熱く口づけを交わしながら、青い世界にゆっくりと沈んでいった。

 

おしまい