かぜっぴきvoice

AWACSの乗組員が働く事務室にスカイアイが入ると、皆がこちらを振り向いて、次いで目を見開いた。
一番近くにいた女性のオペレーターがスカイアイに問いかけた。
「おはようございます……。あの、風邪、ですか?」
スカイアイが珍しく、白いマスクをつけていたからだ。
軽く咳払いをしてスカイアイは「どうやらそうみたいだ」と答えた。
朝、目が覚めて一番に気づいたのが喉の違和感だった。日々の不摂生が祟ったらしい。熱はなく、怠さもそれほど感じない。ただ喉がいがらっぽいだけだったから、喉スプレーをひと吹きして、マスクをつけて出勤した。
声を仕事にしている以上、喉のケアはしていたつもりだったのにこの体たらくである。
「今日が作戦日でなくてよかったよ。よりによって喉をやられるとはな……。こんな声ではメビウス1を十分にサポートできなかっただろうし」
「でも、かすれた声がセクシーですよ。とっても」
女性オペレーターはにっこり笑って慰めの言葉をくれた。

スカイアイは時々喉がつっかえるのを気にしながら、空咳をしつつ業務をこなした。

廊下を歩いている時にメビウス1にバッタリ出会った。
彼も朝の乗組員たちと同じく、やはり珍しいものを見る目でこちらを見上げてくる。
「スカイアイ……、風邪?」
「ああ、そうらしい。あまり近寄らない方がいい。君にうつったらいけないから」
スカイアイの第一声を聞いて、メビウス1はハトが豆鉄砲を食らったみたいに、口をぽかんと開けて目を真ん丸にさせた。ちょっと間の抜けた感じで可愛い。しかし、そんなに驚くほど自分の声は酷いのだろうか。
「あ、えっと……」
ぽかんと開けた口をパクパクさせて何かを訴えようとしている。スカイアイは首を傾げ、続きを待った。
「……メビウス1、どうした」
見つめていると、頬がどんどん面白いくらいに赤く染まっていく。
「大丈夫か? 顔が赤いが」
そんなわけもないのに、もうメビウス1に風邪がうつったんじゃないだろうな、とスカイアイは心配した。
「う、ご、ごめんっ」
そう言い残してメビウス1はダッシュで廊下を走り去っていった。
(何もあんなに慌てて逃げなくても……)
わけもわからず廊下に置いてけぼりにされたスカイアイは、少し悲しくなったのだった。

しばらくしてAWACSの事務室へ戻ると、女性オペレーターから声をかけられた。
「さっき、メビウス1が探しておられましたよ。『スカイアイ居ますか』って」
そう言いながら、女性は思いだし笑いをした。一体何があったのやら。
しかし不思議だ。メビウス1はさっきスカイアイから逃げるように去っていったばかりなのに。何の用があったのだろうか。
「何か言付けを?」
「いいえ。聞く前に逃げていかれてしまって……」
女性オペレーターは再びクスクス笑う。
「ああ……なるほど、目に浮かぶようだ」
さっき、まさにメビウス1に逃げられたスカイアイには苦笑するしかなかった。メビウス1にとっては、この女性オペレーターに話しかけるのも勇気がいったに違いない。人見知りだから。
この事務室にわざわざ探しに来たのだから余程の理由があるのかもしれない。
スカイアイはメビウス1の行方を追った。
メビウス1を探している、と人に尋ねながら廊下を歩いていると、ちょうど目の前から探し人が歩いてきた。
「あ! スカイアイ!」
さっきは逃げ去って行ったのに、今度は会えて嬉しいと言わんばかりに駆け寄ってくるメビウス1がわからない。だが、キラキラした目で見つめてくる彼は愛おしく、何でも許してしまいたくなる。
スカイアイの目の前に立ったメビウス1はうつ向いて、自分のズボンのポケットを手で探っている。
「えっと……手、出して?」
「手? 右手か、それとも」
「りょうほう」
メビウス1に言われるがままに、手を出す。両手をくっつけてお椀のようにして。というのも、メビウス1が何かをポケットから出して渡そうとしているのを察したからだ。
メビウス1の握られた手から手の平に乗せられたもの、それは――。
「キャンディ……?」
ひとつひとつがカラフルなセロファンで包まれたあめ玉が沢山、手の上に転がっている。
「うん。喉つらそうだから……。こんなことしかできないけど、早く良くなるといいね」
「メビウス1……」
そう言ってにこりと笑うメビウス1にスカイアイが感動していると、彼は「じゃ、」と言って、再び軽やかに去っていった。スカイアイは思わず引き留めたくなってしまったが、彼に風邪がうつるから近寄るなと言った自分の言葉を思い出してなんとか踏みとどまった。
手の中のあめ玉を見つめる。
そのひとつを手に取る。包まれた紙を剥がし、マスクをずらして口の中に放り込んだ。スーっと鼻と喉に抜けていくハーブの香りと、舌に残る薬のような渋み。
これはただのキャンディではなく、のど飴だ。
飴はポケットにずっと入っていたせいか、彼の体温でほのかに温かい。
スカイアイは口の中に広がる爽やかな甘さをじっくりと、大切に味わった。