流しそうめん

「流しそうめんしようぜ!」

熱い夏のある日、ヘイロー2が高らかに宣言した。
みんなが「ヘイロー2がまた何か言い出したぞ……」という視線を送る。それをスカイアイはメビウス1の傍らで見ていた。ヘイロー2の思いつきに巻き込まれるのにはみんな慣れているし、いざ始まればそれなりに楽しかったりするのだが、最初は呆れの気持ちが勝ってしまうのは仕方がない。
「“流しそうめん”ってなんだよ」
レイピア6が尋ねた。
「言葉どおりさ。そうめんを流して食べるんだよ。なあ、メビウス1、ノースポイント出身のお前なら知ってるだろ?」
急に話をふられてビックリしたのか、メビウス1は肩を跳ねさせた後、ぎこちなくうなずいた。
「う、うん」
「よし、じゃあメビウス1にはアドバイス頼む。みんな、そうめんを流す為のスライダーを作るぞー!」
部隊の面々は、なんだかんだ言いながらヘイロー2主導のもと、そうめんを流すスライダー作りを始めた。唯一、流しそうめんが何か知っているメビウス1はヘイロー2のアドバイザー役である。
近所から竹を伐ってきて長くつなぎ合わせる。
最初は数人で始めたスライダー作りだったが、外にスライダーを設置していると「なんだこれは」と言いながら続々と人が集まってくる。
スライダーはあっという間に仕上がり、その長さは5メートルにもなった。
スライダーを作るのとは別に、そうめん湯がき部隊が大量の湯がいたそうめんを持って到着した。
「みんな準備はいいか?」
ヘイロー2が声をかけると皆がスライダーを挟むように横に並んだ。手には箸とめんつゆの入ったお椀を装備。スカイアイとメビウス1は最後尾に陣取っていた。
「じゃあ、流すぞ!」
スライダーのてっぺんはかなりの高さだった。ヘイロー2はタラップを登ってそこからそうめんを次々と投入しだした。
水の勢いは速く、そうめんはスライダーをあっという間に流れていき、最下部に置いてあったザルにキャッチされた。
スカイアイとメビウス1は箸をピクリとも動かせなかった。
仲間からブーイングが飛んだ。
「おい、速すぎて全然取れねーぞ!」
「うるせぇ! 気合いで取れよ!」
ヘイロー2は気にせず、どんどんそうめんを流してくる。そうなると仲間たちは文句を言う暇もない。ひたすらタイミングをはかって使いなれない箸でそうめんをキャッチするのみだ。
スカイアイとメビウス1はまるでF1レースを見る観客のようにスライダーを流れるそうめんを見送った。
「なかなか取れないな……」
「そうだね……」
仲間たちの中でも順応性の高い者はもうコツをつかみ始めたようで、そうめんをさらっていく。
スカイアイも、まるで打席に立ったバッターのように精神を集中してそうめんが流れてくるのを待った。
そうめんが豪速で流れてくる。――ここだ! と閃いた瞬間に箸を動かしそうめんを引っかけた。
スカイアイは初のそうめんをゲットした。
めんつゆにつけて食べる。喉をツルツルと流れてゆくほんのり冷たいそうめんは夏の熱さを冷ましてくれる。
「うん、うまい」
「よかったね、スカイアイ」
メビウス1が隣で微笑む。
スカイアイはそれからはコツをつかんで取れるようになったが、メビウス1は相変わらず箸をウロウロさせるばかりで一口も食べられていない。
彼はスカイアイよりさらに下流の最後尾にいるが、もしかしたらこの配置が良くないのかもしれない。下流になればなるほど仲間たちがそうめんを取ってしまい、メビウス1にまでまわってこない。スカイアイがそうめんを取ってしまうともうメビウス1の食べる分がなくなってしまう。
「メビウス1、こっちへおいで。場所をかわろう。少しはマシだろう」
「うん……」
メビウス1と場所を交代してみたが、彼が水流に向かって「えい」と箸を突き刺した頃にはそうめんは流れていってしまう。全てがワンテンポ遅いのだ。メビウス1が真剣なだけに、その姿は面白味を誘う。水流をツンツンしている彼は、いつまでも見ていたくなるような可愛さだったが、このままではさすがに可哀想だ。スカイアイは苦笑して、彼が取り逃したそうめんを最後尾ですくった。それをメビウス1の椀に入れてやる。
「あ、ありがとう、スカイアイ……」
恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを見せる。
スカイアイのぎこちない箸さばきとは違い、メビウス1は優雅に箸を操って細い麺をすくい上げた。ちゅるんと唇に吸い込まれるそうめん。
「ふふ、……おいしいね」
自分に向けられた笑みに、スカイアイも自然と口元がゆるんだ。
「ところでメビウス1」
「ん?」
「この、そうめんを流すということに、何か意味はあるのか?」
「え? ……えーっと、意味なんてあったかな……」
メビウス1が首をかしげて答えに迷った。
そんな中、「おい、先に取るな! それ狙ってたのに」だの「全然取れねぇ」だのと騒いでいる仲間の声が聞こえた。もうスライダーから取るのをあきらめて、最後のザルに溜まったそうめんを食べているちゃっかりしたヤツもいた。それを見咎めたヘイロー2は「おい、そこから食べるの禁止! それは溜まったらまた上から流すんだよ!」と怒鳴っている。
メビウス1は彼らを温かい眼差しで見つめて「楽しいから、かな……?」と微笑んだ。
君が楽しいならそれが一番だ――と、声には出さずに思いながらスカイアイも笑みを返した。

この夏の日の出来事は、スカイアイの胸の中のアルバムに、ひっそりとしまわれたのだった。