罪の行方

小さな街灯が転々と並ぶ。
四角いビルの、まばらに光る窓。
車のヘッドライトが連なる道。
赤や、青や、黄色。
星さえも見えなくなるくらい、夜は光で溢れている。

街を見下ろす小高い丘の上で、スカイアイは眩しげに目を細めた。
夜目がきくスカイアイにとっては少々明るすぎるくらいだ。この森林公園にあるちっぽけな街灯でちょうどいい。普通の人間なら少し不気味に感じるくらいの薄暗さが――。
背後の森の中に、気配を感じてスカイアイは振り返った。真っ暗な闇の中から、キラリと光るガラスの瞳。レザージャケットを羽織ったメビウス1がポケットに手を突っ込んで現れた。
「……スカイアイ」
「やあ、お疲れ。メビウス1」
「まったくだよ。仕事が終わってから、まさかこんな山登りをさせられるとは思わなかった」
じっとりとした目付きで睨まれる。
「はは、すまんすまん。……君にも見せたかったんだ」
「なに?」
「この、夜景を」
メビウス1もスカイアイの隣に並ぶ。
公園の柵に体重を預けて夜景を眺めた。
「キレイだけど……俺はやっぱり、星空の方が好きだな。昔はもっと星が綺麗に見えた」
「そうだな。でも、俺たちにとっては今の方が生きやすい。だろ?」
同意を求めて横を向くと、メビウス1は渋々といった様子でうなずいた。

吸血鬼となったスカイアイは、メビウス1と共に数百年の時を過ごした。昔は人とは交わらず、森の中で隠れて暮らした。まだまだ吸血鬼を敵視する人間がいて危険だった。その頃はメビウス1と二人だけの世界だった。
しかし次第に人間は数を増やして森を開拓しだした。隠れ住む森はどんどんなくなって、人間の世界で人のフリをして暮らすしかなくなった。
元々人間だったスカイアイにはそれほど抵抗はなかったが、メビウス1は人と交わるのを恐れた。人に焼かれ殺された経験があるから尚更だ。あの出来事は彼にとっては長くトラウマになってしまった。
太陽の光を浴びられないというのも大きなネックだった。夜にしか行動できず、だいたい村人からは変人扱いされた。
メビウス1はずっと家に籠りっぱなしで、主にスカイアイが夜に働いて生活していた。別に金を稼ぐ必要はなかった。他人から不審がられないように何らかの仕事をしておく必要があったからだ。
そんな生活を数百年続けて、気がつけば吸血鬼は神話やおとぎ話の中の存在になっていた。今や自分が吸血鬼だと告げようとも、その方が頭がイカれてると思われるだけだろう。
最近になってようやくメビウス1は外へ出て、人に混じって仕事をするようになった。
その理由のひとつが電気の普及だ。
人々は夜に眠らなくなった。スカイアイらが夜に起き出しても、誰も不思議がらない時代になったのだ。
外へ出るようになって、メビウス1は少し明るくなった。いい変化だと思う。
彼は星空の方が好きだと言ったが、スカイアイ自身はこの夜景やネオンといったものが好きだった。
生活の息吹を感じる気がして。
光の洪水に眼を細めて見ていると、メビウス1が悲しげに呟いた。
「あなたはやっぱり、太陽の光が恋しいんじゃない?」
だから夜が明るくなったことが嬉しいのだ、と。
メビウス1の指摘は思いがけずスカイアイの胸を突いた。自覚はなかったが、彼の言う通りなのかもしれなかった。
スカイアイは日向ぼっこした時の太陽の温もりを思い出した。もう二度と感じることができない、その温もりを。
隣を見ると、メビウス1がうつ向いて夜景を眺めている。無表情だが気落ちしている様子がスカイアイには手に取るようにわかった。
彼はいまだにスカイアイを吸血鬼の呪われた生に引きずり込んだことを後悔している。もう何百年も経つのに。その間、何度もスカイアイが後悔していないと説明しているのに。
どうやら吸血鬼は不老であり不死であるために、変化するのが苦手な種族なのだ。
スカイアイは夜景を見るメビウス1を後ろからそっと抱きしめた。
ひとつの影となった二人の体温は交ざり合って熱を生む。
春の日だまりのように心地よい。
この数百年間、いつもこの温もりに支えられてきた。彼が側にいたから生きてこられたし、メビウス1もきっとそうだろう。
スカイアイは彼の柔らかい髪に頬をすり寄せた。夜の香りがする。
「今度、二人で旅行にでも行こう。今なら行けるだろう? 君に、もっと美しい景色を見せたいんだ」
いつかメビウス1の罪悪感がなくなるときがきっと来る。彼が数百年の時を経て外へ出られたように。
スカイアイはそう信じている。
「俺は……あなたがいるなら、どこだって」
メビウス1は後ろにいるスカイアイに体重を預けて、そっと呟いた。