薄曇りの喫茶店より

私はその人に目を奪われていた。

くすんだ空と、空気にとけていってしまいそうな人。
髪は金かグレーのようなうすい色で、肌も白い。どうみてもこの国の人ではなかった。
この喫茶店の端の方、外がよく見える二人席に一人で座り、時折グラスに入った飲み物を口にしながら外を眺めている。今日は薄曇りで、昼も過ぎた頃だというのに明るい日差しはない。そんな天気を見てもちっとも楽しくないだろうに、彼は生気のない目で外を見ていた。

私の座った席からふたつ隣の席に座ったその人は、飲み物を頼んだきりぼーっとしている。外国人が珍しいわけではない。ここ、ノースポイントも難民を受け入れるようになってから外国人が増え、昔より色んな人種の人を見るようになった。だから見た目に惹かれたとか、そういうわけではないと思う。その人のまとう雰囲気が、色彩も相まって、そのまま空に溶けていきそうな気がして、なんだか目が離せなかった。なにか悲しいことでもあったのかと。

私はというと、休日の贅沢を満喫しているところだ。この喫茶店のチーズケーキはチーズの味がしっかりすると評判だ。たまに無性に食べたくなる。濃厚なチーズケーキをちまちまと口に運びながら、暇潰しに私はずいぶんとその人を観察した。年はまだ若そうで学生っぽいだとか、服は洗濯しただけで、オシャレにはこだわりがなさそうだとか。でも、その人は私が見ていることなど全く意に介さず、こちらをチラとも見なかった。

その人が初めて外の景色以外に反応を見せた。喫茶店のドアが開き、古風なドアベルがカランと鳴った。紺のトレンチコートを着こんだ背の高い男性だった。店員と一言交わすと、こちらに向かって歩いてくる。三十代くらいの男性で彫りの深い顔立ちは映画の俳優みたいだ。コートは品がよく、靴はよく磨かれていた。色素の薄い彼が、その男性をじっと見ている。もしかして、待ち合わせをしていたのだろうか。想像したとき、背の高い人がこちらを見て微笑んだ。――どきっとした。私に向かって微笑んだのかと思った。しかし、その男性は私の席の横を素通りし、色素の薄い彼の待つ席に座った。
やはり、二人は知り合いだったのだ。

背の高い人はコーヒーを頼んだようだ。彼らの会話に聞き耳を立てたが、公用語で話していて理解できない。もっとしっかり公用語を勉強しておけばよかった。
さっきまで表情もなく、気配すら薄い彼をひそかに心配していたのだけれど、背の高い人が来てからは眼に生気が宿り、かすかに微笑みすら浮かべていて、なんだかホッとした。
そんな二人のテーブルに、店員がチーズケーキをひとつ運んできた。背の高い人の方が頼んだのかと思ったが、向かいに座る彼に食べてみろと勧めている。ちょっと戸惑いつつ彼はフォークを手に取り、チーズケーキを一口大に切り分け、口に入れた。
少し味わった後、はっとした目を背の高い人に向けた。何か感想を言ったようだが私にはわからない。生気を取り戻した彼の瞳は、透き通った湖面が光をはじいたように美しい。前に座った男性も、そんな彼の目を見てどこか満足そうだ。
ここのチーズケーキは絶品なんだ。この店のチーズケーキを気に入ってくれたことで、彼との間にわずかな接点ができたようで嬉しかった。

彼はチーズケーキをもう一度、一口サイズに切り分けフォークに刺し、背の高い人に向けて差し出した。今度は背の高い人が戸惑った様子で何か話していたが、うなずいた後、彼が持つフォークを彼の手の上から掴み、チーズケーキを口の中に放り込んだ。そして満足げに微笑む。
フォークを差し出した彼の顔は、捕まれた手と男性の顔を何度か往復して、頬を赤く染めてうつむいてしまった。ケーキよりも濃厚で甘ったるい雰囲気。
私はむず痒いような恥ずかしさに襲われて、彼らを観察するのをやめた。さっきの彼らの行為がなんなのか、なにを意味しているのか、わからないほど無粋じゃない。
私は冷めた紅茶を一気に飲み干し、席を立って喫茶店を後にした。外は相変わらず冴えない薄曇りだったが、私の心は軽やかに弾んでいた。
あの薄い曇り空の色彩を持つ人を空に描く。チーズケーキに惹かれた彼らが、またこの店を思いだし、訪れてくれることを願いながら。