二度目の告白

「先生……好きです」
車のライトがまたたき、ビルは煌々と輝く夜の街。
先生の運転する車の中で、人生で二度目の告白をした。一度目は白い壁の病室だった。
難病を抱え、入退院を繰り返す日々は、俺の精神をすり減らした。孤独のなか、理解を示し親身になってくれたのは主治医の先生だった。仕事だから優しくしてくれたに過ぎないのに、何を勘違いしたのか、俺は先生を好きになってしまった。
先生が俺を見つめてくれるだけで嬉しかった。
関係に変化が訪れたのは、手術の話が出てからだ。手術をすれば俺の病気は治るらしい。しかし難しい手術で、成功率は七割。
俺は急に怖くなって、先生にすがった。先生に言うつもりのない言葉を言ってしまった。――「好きです」と。
先生には当然断られた。俺は患者でしかない。しかし俺は卑怯にも自分の命を盾にして関係を迫ったのだ。
「もうすぐ俺は死ぬかもしれない……だから、お願い、先生」
哀れに泣いて訴えてみせた。
先生はどんな思いで俺を受け入れたんだろう。
今思い返せば、ままごとのような交際だった。せいぜい手を握ったり肩を抱かれたり。その程度で浮かれて、馬鹿みたいに喜んだ。けれども、手術するまでの間、俺は確かに幸せだった。
一度だけ先生とキスをしたことがある。手術前、俺が情緒不安定になったとき。「手術は必ず成功させる」と、先生に強く抱きしめられキスをされた。その瞬間、もう死んでもいいとさえ思った。
先生は言葉どおり俺を健康にしてくれた。退院しても定期的に通院は必要だったが、それも数カ月に一度。病院に入院していた頃のように一緒にいられるわけもなく、自然に距離ができた。あるいはそれが先生の思惑だったのかもしれない。
先生は俺の告白を断るとき「君は孤独なだけだ。健康になって、広い世界を知れば、俺のことなど忘れる」と言ったのだが、俺はその言葉がある意味、真実だったと知る。
俺は病のつらさ、人生が思い通りにいかない苦しさから逃れたかった。そのために先生を利用していたのだ。無意識に。
先生はそれをわかっていてなお、俺に付き合ってくれたのだ。先生は俺が健康になったことを心から喜んでくれた。俺は念願だった普通の人と同じ生活をして、先生の言った通り、先生を忘れようとした。それが先生の望みのような気がしたから。
でも、できなかった。心の片隅にはいつも先生がいた。
先生と距離をおいて冷静に自分を見つめなおしてみれば、先生を好きな気持ちは、この胸の中に確かにある――それに気づくのに、三年の月日が必要だった。

そして今、二度目の告白。
先生は運転していた車を、静かに路肩に停めた。
ドキドキして、目をつむった。断られてもかまわない。ただ、終わらない自分の恋に決着をつけたかった。
「わかった」
「……え?」
「付き合ってほしい、ということだろう。違うのか?」
「え……え? ち、違わないけど……」
「そもそも、俺と君は付き合っていたんじゃなかったのか? 別れ話をした記憶はないが」
先生がクスクス笑う。俺はショックを受けた。
(そういわれたら、そうだけど! ええー!? 俺、すごく悩んで、緊張してたのに)
「まあ、それは冗談だ。君に好きな人ができたら、身を引くつもりだったよ」
「身を引くって……」
「知らなかったのか? 俺は三年前からずっと、君のことが好きだった。そうでなければ、自分の患者に、慰めるためでも手を出したりしない」
先生はさらっと、とんでもないことを言う。
「君が新しい世界を進むなら、それを応援するつもりでいた。でも、新しい世界を知った上で、それでも俺を選んでくれるというなら……」
先生の手が、俺の膝の上の手を握りしめた。俺の視線は大きく温かい手から逞しい腕、肩に上がり、先生の少し薄い唇にたどり着く。いつかの口づけを思い出し、恥ずかしくてそれ以上は見られない。先生の唇が俺の耳元にすっと近づき、ささやいた。
――もう二度と手放さない。
そうして、俺たちは二度目のキスをした。