探し物はなんですか2

身体が妙に熱く、汗ばんでいる。
薄暗い視界。目を凝らすと、暗闇に白く浮かび上がるもの。蛇のように艶やかにくねる細い体。身の内に沸き上がる獣の衝動のままに強く抱き締め、首筋に噛みついた。動物が絶命するように痙攣する肢体。赤い痕の残る皮膚に満たされるものを感じる。舐めると、喉の震えを舌に感じた。
抱きしめた身体を少し放して、彼の顔を見る。上気して恍惚とした表情。俺だけが望んだ、一方的な行為ではない――それに、安心する。
彼の手がのびてきて、俺を引き寄せながら何事かを呟く。けれども、なにを言ったのかはわからない。まるで無声映画だ。
本来なら白っぽく薄い色をした彼の髪が、オレンジ色の灯りに照らされ染まっている。その髪をゆっくりと撫で、白い額にくちづけた。

目を覚ますと見慣れた天井があった。
しばらく呆として、隣に視線をやる。――誰も寝ていない。それを確認して、少しの落胆には気づかないふりをして安堵の息を吐く。
唇にそっと触れる。まだ体温が残っている気がする。夢と現実が曖昧になるほどの、あまりにもリアルな夢だった。
しっとりした肌の感触。濡れた髪の匂いや、秘めた場所にあるほくろの位置、舌に感じる汗の塩気さえ覚えている。なのに音だけが聞こえなかった。

現実にはありえないのに、違和感なく受け止めている。それが夢というものだ。
まず、自分の部屋のはずなのに、全く見覚えがない。そして抱いていたのは男で、俺の教え子だ。不思議なことに俺の知る彼より、いくらか歳をとっていた。現実では十七歳の彼に猥褻な行為をするのは許されないが、この年齢なら許容されると潜在意識で思っているのだろうか。何にしても、教師が教え子に手を出すのは倫理に反する。それに、彼とはそこまで話したこともなく、親しくもないのだ。独特な雰囲気を持った子だとは思うが……。
夢の中の俺は彼を好き放題にしていた。女性とすら、あそこまで濃密に睦み合ったことはない。思い出すと恥ずかしくなる。
時計のアラームが、夢に浸る俺に容赦なく現実を告げた。
今日も冷たいシャワーで熱と罪悪感を洗い流すところから一日が始まる。

この春から、とある高校の臨時の英語教師として赴任した。そこで、あの彼に出会った。
彼の見た目は浮いていた。黒髪や茶髪の中に白いものがいれば嫌でも目立つ。だが彼は、ひたすら自分の存在感を消そうとしているようだった。友達も作らないで、いつもひとりでいる様子が、教師としては少し気になる。
そんな彼に出会ってから、なぜか今朝のような夢を頻繁に見るようになった。
男を恋愛対象にしたことはないのに、何故こんな夢をみるのかわからなかった。が、決して不快ではない。――不快ではないのだ。だからこそ困る。教師に夢の中で犯されているなんて知ったら彼はどう思うか……彼に合わせる顔がなかった。
こうして俺が罪悪感で苦しんでいるというのに彼は、授業中のみならず、休み時間であっても俺のことを見つめてくる。勘弁してほしかった。あの夢が、まるで現実だったかのように錯覚しそうになる。

昼休み、校舎の三階から中庭を眺めると、地上にいる白い頭が林の方へ移動していくのを見た。やはり彼は変わらず、あの場所に行くのだ。ひとりきりになれる場所に……。

さて、今日も彼の視線を受けながら、さも気にしていないふりをして教壇に立たねばならない。
時折、生徒に問題を出して答えさせる。順番でいくと次は彼の番だった。本当は指したくない。彼とはなるべく接触したくないのだ。
だが、そうもいくまい。
「次は君だ」
彼が椅子から立ちあがる。
おかしなもので、俺が彼を見ると、彼は俺からサッと目をそらす。
硬い表情から緊張しているのが伝わってくる。クラスの皆に注目されるせいか、問題を解かなければならないプレッシャーを感じているのか、それとも……。
少しのためらいの後、彼の口から滑らかな発音の英語が飛び出す。俺も他の生徒もはっとした。
俺は、彼が真面目に勉強していたことを教師として嬉しく感じ「Good job!」と褒めていた。よくできた生徒にいつもかける言葉だった。
彼は透き通った大きな瞳を一瞬見開いた。俺と目と目が合う――が、すぐにうつ向いて着席した。表情はよく見えないが、耳まで赤くなっている。

ああ……。頼むから、そんな可愛い反応をしないでくれ。

俺は心の中で呻いた。後一年は、この責め苦に耐え続けなければならないのかと思うと、気が遠くなるのだった。