日向ぼっこ

「ただい……ん?」
日用品の買い出しから家に戻ったスカイアイは、しんとして物音もしないリビングに不自然さを感じた。
スカイアイが出かける時、メビウス1は「いってらっしゃい」と送り出してくれたはずだ。
そのメビウス1がいない。
家の中は薄暗く、どこか寒々しい。冬だから当たり前なのだが、メビウス1が「おかえり」と迎えてくれるのを無意識に想像していたのだろう。反応がないことに寂しさを感じた。
しかしメビウス1には出かける予定などなかったはずだが、別の部屋にいるのだろうか。
ひとまずキッチンの床に両手にぶら下げていたビニール袋を置いて、メビウス1を探しにかかる。
彼はすぐに見つかった。
リビングの四角い窓辺。
太陽の光がキラキラと差し込んでいる。そのフローリングの床に、メビウス1は手足を丸くして横たわっていた。
さっき見た時は、ちょうどソファーの影になっていてわからなかった。
「またこんなところで寝て……」
スカイアイは起こさない程度に声を潜めてぼやいた。
彼はどこででも寝る。
戦時中は不眠症を患っていた彼だが、その反動なのか。この家に来てからというもの彼はよく眠り、いつも眠そうにしている。あるいは元々の彼はこうだったのかもしれない。
眠れるようになったのはいいことだ。彼の眠りを邪魔したくはないのだが、こんな冷たくて固いフローリングで寝るのは身体に良くないと思う。
以前にも同じようにここで寝ていたメビウス1に注意をした。彼は「ここ、日が当たって暖かくて、寝るつもりはなかったけど、つい寝てしまったんだ」などと言い訳をした。
寒いならストーブをつければいいのに。
しかし、今日のメビウス1も、実に気持ち良さそうに寝ている。
膝を曲げて背中を丸めて、身体は器用に日の光の中に収まっている。
ゆっくりと呼吸に合わせて膨らむ胸は彼の眠りが深いことを示していた。
あちこちにハネて乱れた髪。閉じたまつ毛は日の光に透けて輝く。床に片方の頬をペタリとつけているせいで、柔らかな頬は潰されていびつな形に歪んでいた。口元は緩んでぽっかりと開いて、口の端から少しよだれが垂れて床にシミを作っている。
少し間の抜けた顔だが、脱力して安心しきった姿はとてつもなく可愛い。
スカイアイはズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、メビウス1の寝顔をカメラにおさめた。
静かな部屋に携帯電話のシャッター音が意外にも大きく響いて、スカイアイはギクリとした。
「ん……」
起こしてしまったかと携帯電話をさっとズボンのポケットに突っ込んだ。メビウス1に寝顔を撮ったことがバレるとまずい。きっと恥ずかしがって「消してくれ」と言うだろう。
スカイアイはメビウス1の写真を持っていなかった。一緒に暮らしているのだから写真を撮るタイミングなどいくらでもありそうだが、そう上手くいかない。彼が寝ている時などに限られるし、何よりスカイアイが写真を撮ることも忘れてメビウス1の寝顔に見とれてしまうのだった。
自分しか知らない恋人の可愛らしい姿を手に入れた喜びと、彼の嫌がることをしてしまった罪悪感。
それを誤魔化したかったのかもしれない。
スカイアイはメビウス1の肩を揺すって起こしにかかった。
「メビウス1、こんなところで寝ないで眠いならソファーで寝なさい」
しかし、メビウス1は「むぅ」と唸って、さらに身体を丸めてしまった。
「仕方ないな……」
メビウス1の身体を抱き起こしてソファーにまで連れていこうとした。上半身を抱き起こされたメビウス1は目を閉じたまま、まるで協力するようにスカイアイに身体を預けてきた。
少し意識は覚醒してきているのかもしれない。それでも彼は寝汚く惰眠を貪るつもりのようだった。
ずるずると足を引きずるようにしてソファーへと移動する。どさりとメビウス1を抱えたままソファーへ座ると、メビウス1は腕をスカイアイの首へ回して肩へ頭をもたれかけさせてきた。
メビウス1はスカイアイの膝の上に落ち着く場所を見つけると、再び深い呼吸をして寝入ってしまった。
これでは動けない。
まるで大きな猫に膝を占領された気分だ。
まいったな――と思いながらも口元はだらしなく緩んだ。
メビウス1の目の下の薄い皮膚を指でたどる。すっかりクマの消えたその部分を。
両腕で抱え込んだメビウス1の身体はポカポカと温かかった。まるで日だまりを抱えているように。

 

今日のスカメビ
いないなと思ったら窓際の日向でくつろいでいるのを発見。床に座っているからソファを勧めたらここが一番暖かいからと言われた。猫みたい。