デート

朝、窓の外を見て天気をチェックする。
今日は快晴だ。
昨日、天気情報を見ておいた通りの結果にスカイアイは満足した。
シャワーを浴びて歯を磨き、髭を剃る。鏡を見て念入りに身支度を整える。
今日は基地の外でメビウス1と会う予定だった。だから昨日から何となくそわそわしている。ウキウキと言い換えてもいい。三十の男には似合わないかもしれないが。
外で会うのだから服装はカジュアル気味にジーンズにシャツ。いつもと大して違わない格好だが、やはりどうしても気合いは入る。好きな人に会うのに変な格好はできない。スカイアイがストライプのシャツを着ようがドット柄を着ようが、メビウス1にはどうでもいいと思われていそうなのが悲しいところだが、少しでも自分を良く見せたかった。
シャツの首もとのボタンは外し、袖も少し折り返してラフに着こなす。気合いを込めていることがバレるのは恥ずかしい。
スカイアイ自身はデートという認識だったが、はたしてメビウス1がどう考えているのかは謎だ。ただの知人友人から何とか昇格したいが、人付き合いが苦手な彼に自分を意識してもらうのは、なかなかの難問だった。いきなり距離を詰めすぎては警戒されて避けられる。何度かそんなミスを犯して学習した。彼と付き合うには、野良猫をなつかせるように付かず離れずの距離を保つのがコツだと。
ずいぶん厄介な人間に惚れてしまった。
しかし、楽しい。
スカイアイは腕時計をつけて時間を確認し、メビウス1との待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせ場所は、駅前の広場にある時計台の前だ。昼前に集合して昼食をどこかで食べようと言ってある。彼は、食事に誘えばとりあえず嫌がりはしなかった。なぜ自分を誘うのだろうと不思議そうな顔はするが。メビウス1は細いくせになかなかの大食漢で食べることが好きだった。「ノー」と言う理由がない。
時計台の前に彼はいた。
まだ待ち合わせ時間には十分ほど早かったが、メビウス1はすでに来ていた。彼は時間をきっちりと守る。軍人として作戦行動の時間を守るのは当たり前だし日常その癖がついているが、彼の場合、生来の几帳面さもあるように思う。軍人であってもルーズな人間はやはりルーズさがどこか抜けない。
メビウス1の服装は、色落ちしたジーンズとパーカー、足元はスニーカーというカジュアルな格好だった。彼はあまり服装に頓着しない。そんなところも彼“らしい”と思うし、好ましい。もう少しオシャレでもして、ざんばらに伸びた髪を整えてやれば、周囲の彼を見る目も変わるはずだ。しかし、そんな風になったらきっと自分は嫉妬してしまうだろう。だから今のままでいい。今のままでいてほしい。
うつむいて所在無げにたたずむメビウス1に向かってゆっくりと歩みを進めた。
時々、不安そうに辺りを見回している。自分を探しているのだろう。早く行ってやらねばという気持ちと、もう少し彼を見ていたい気持ちが拮抗する。
メビウス1がこちらに気づいて、ハッと目を開く。安心したのか、固かった表情がふわりとゆるむ。待ち合わせのこの一瞬が、いつも最高だと思う。
「すまない、待たせた」
「ううん、全然」
メビウス1は控えめに笑って首を振った。
「まだ時間前だし」
「君はいつも何分前に来ているんだ? 君より早く来られたことがないんだが」
「えっと……それは……」
メビウス1が言いづらそうにパーカーのフードの紐を指でいじった。
「俺はすぐ何かドジしたりするから、時間には余裕をもって来てるよ。スカイアイを待たすわけにはいかないし……。今日も実は、財布を忘れたのに気づいて途中で取りに戻ったんだ」
「財布なんて、俺が払うからいいのに。それはともかくとして、だったらいったい何分前に出ているんだ?」
途中で引き返しても余裕で十分前には来られる時間だということになる。
そんなに早く来なくてもいいのに。メビウス1のことなら三十分だろうが一時間だろうが待っていられるのだが――。
結局、誤魔化されてメビウス1から具体的な時間は聞けなかった。

メビウス1を伴って事前に調べておいた店に入り、昼食をすませた。
店を出て街を二人で歩いていると、賑やかな一角があって目が止まった。新装開店した店らしい。店の前で大きなウサギの着ぐるみが、色とりどりの風船を道行く親子連れに配っていた。
五歳くらいの小さな男の子が、黄色の風船をもらって飛びはねていた。はしゃぎすぎたせいか、子供の手から風船の紐が離れる。
「あっ、ふうせんー」
ふわふわと青空に向かって浮かんでいく風船。子供がジャンプしても届かない。大人ですら届かない位置に、どんどん遠ざかっていく。
男の子は泣き出した。
ふと、スカイアイの隣で空気が動いた。共に一部始終を見ていたメビウス1が駆け出した。
歩道を走る。アーチ型をした車止めに走った勢いのまま飛び乗り、高くジャンプした。身体をいっぱいに伸ばして、もう届かないと誰もが思った風船の紐をキャッチすると、彼は軽やかに地面に降り立った。
素晴らしい身体能力だ。
周囲にいた人間はスカイアイも含めて呆気にとられ、一瞬反応が遅れた。泣いていた男の子は泣き止んだ。我に返った観衆から拍手がまばらに起こる。
メビウス1はぎょっとして周りを見回し、慌てて風船を男の子に渡した。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「ありがとうございます」
親子がそれぞれ礼を言う。それを恥ずかしそうに無言で一礼して受け取り、メビウス1はこちらに戻ってきた。
「い、行こう、スカイアイ」
スカイアイの手首をむんずと掴んで歩き出す彼の顔は真っ赤になっていた。
「さすがだな、メビウス1」
からかうつもりはなかった。素直にそう思ったのだが。
「やめてくれよ。……気がついたら体が動いていたんだ」
目立つのが嫌いなくせに、彼はたまに驚くような行動を見せる時がある。普段はその弱々しくも見える殻の中に、鋭い爪と正義の心を隠し持っている。
そんな一面を隠しきれずにホロリと彼が漏らすたびに、スカイアイはどうしようもなくメビウス1に惹かれていくのだ。
「――これ以上、好きにさせないでもらいたいな」
ボソリと呟く。
呟きは幸いにもメビウス1の耳には届かなかったようだ。