プレゼントを君に - 2/2

 2.

 

クリスマス・イヴの夜、スカイアイは仕事から帰ってきた。
仕事が突然入ったり長引いたりして休みがなくなることもあったから、二人で無事にクリスマスを迎えられるか当日までビクビクしていた。だけど今回は大丈夫だったみたいでホッとする。
玄関で、まだ冷たい外気をまとったままのスカイアイに会って早々抱きしめられた。
「ただいま、メビウス1。……会いたかった」
「お、おかえりなさい、スカイアイ」
長い間をあけて久しぶりにスカイアイに会うと、いつも初めは少し緊張した。スカイアイの格好良さに改めてドキドキしてしまうからだ。こんな人とよく一緒にいられたな、と過去の自分が図太く思える。
だけどスカイアイは少し緊張したメビウス1の反応など気にする素振りもなく――もしかしたら、いつもの人見知りが発動していると思われているのかもしれない――ぎゅうぎゅうに抱きしめられ、物理的に心理的な距離の差を縮めてくるのだった。
耳朶から頬に冷たい感触がする。スカイアイの唇が冷えている。
「スカイアイ、冷たい」
「君は温かいな」
冷たい唇がメビウス1のそれに重なると体温は混ざり合って境目がなくなった。
「ん……」
柔らかく触れて、ついばむ。
触れるだけにしては少し長めに滞在した唇は、深く重なることはなく離れていった。それを少し残念に思ったのを顔には出さないように気をつけながら、スカイアイに微笑んだ。
「寒かったでしょ? 部屋、温めてあるし……今日はシチューにしたよ」
「それは楽しみだな」
二人でくっつきながら部屋に入る。
リビングにはあの飾りつけたクリスマスツリーがある。窓のカーテンレールには赤や緑のガーランドを吊るした。少しでもクリスマスらしい雰囲気になるようにメビウス1が飾りつけをしたのだ。
二人だけの、ささやかなクリスマスパーティーが始まった。
メインディッシュはローストチキンだ。スカイアイがこの日のために用意していたワインを開け、二人で乾杯をする。
酒に強くないメビウス1は控えめにするつもりだったが、楽しく和やかな雰囲気でワインも美味しく、ついつい飲みすぎてしまったらしい。朝から張り切って料理の支度などをしていたせいもあり、食事が終わって腹もふくれると眠くなってしまった。
あくびが抑えきれないメビウス1を見て、スカイアイが「もう寝るか」と声をかける。
「でも……せっかくクリスマス・イヴなのに……」
「クリスマスはまだ明日もある。大丈夫だよ」
そう説得され、まだ早い時間に眠ることにした。
ベッドに向かうとスカイアイが、「そうそう、これを用意していたんだ」と、何やら赤いものを取り出した。
「ちょ……スカイアイ、それ……」
それは、大きな靴下だった。
毛糸で編まれた真っ赤なブーツ型の靴下。かなり大きく、もちろん足にはくものではない。
「ちゃんと枕元に置いておかないとな」
そう言って、メビウス1の枕元に掛ける。
「もう、スカイアイ。俺そんなに子供じゃないよ」
さすがにこの年になってサンタクロースを信じているわけもない。どうも子供扱いをされているような気がして頬をふくらませる。
「大人だってプレゼントは嬉しいものだろう?」
「じゃあスカイアイの分は?」
「え? ……いや、俺は」
切り返されて戸惑うスカイアイ。自分の分までは用意していないみたいだった。
「普通の靴下でいいから、スカイアイも用意してよ」
メビウス1はスカイアイの普段使いの何の変哲もないグレーの靴下を持ってこさせ、それをスカイアイの枕元に置いた。
「……なんだか、変な感じだな」
スカイアイが苦笑する。
この赤い靴下には、明日の朝までにスカイアイがこっそりプレゼントを入れるつもりなのだろう。だったら自分もこっそり彼へのプレゼントを入れたい。
幸い自分のプレゼントはそんなに大きくはないから、スカイアイのグレーの靴下にも入れられるだろう。問題は、いつ入れるのかだが――。
今日は眠くてスカイアイが寝入るのをとても待っていられない。
(明日の朝だな。早朝に起きて、スカイアイが起きる前にプレゼントをこっそり入れる……これしかない)
そう計画を立てた。
布団に潜り込む。
「――おやすみ、メビウス1。いい夢を」
スカイアイからの祝福を額に受け、メビウス1は目を閉じた。

☆ ☆ ☆

クリスマスの朝、メビウス1はぱっちりと目を覚ました。
まだ部屋の中は薄暗く、かなりの早朝なようだった。
だが、これこそ望んでいた状況だ。隣のスカイアイはまだよく寝ている。
(よし。作戦開始だ)
昨日の夜に計画していたことを実行する。
スカイアイを起こさないようにベッドからこっそりと抜け出す。ふと枕元を見ると、置いていた赤い靴下が膨らんでいるのが見えた。
(昨日の夜にスカイアイが入れてくれたんだ)
それに気づくとホカホカと胸が温かくなる。中身が何であろうと、プレゼントを贈ってくれた、その気持ちが嬉しい。
自分もスカイアイに同じ喜びを返さなくてはならない。
ベッドの下に隠していた、リボンのついた小箱を取り出した。
これがスカイアイへのプレゼント。昨日スカイアイが帰って来る前に、見つからないようにベッドの下に隠しておいたのだ。
後はこれをスカイアイの靴下に入れるだけ――。
スカイアイの靴下は、彼の寝ている側の枕元にある。そこへ行くには、ベッドの周りを回って行くしかないようだ。ベッド上でスカイアイを跨いだら彼を起こしてしまうかもしれないから。
メビウス1は足音をたてないように毛足の長い絨毯の上を歩いた。
ドキドキする。
まるでサンタクロースにでもなった気分だった。
ベッドの角を曲がろうとした時、裸足の小指に何かが当たった。
「ぃ゙……ッ!?」
予想もしない痛みに、メビウス1は飛び上がるほど驚きバランスを崩した。
「うわ……っ」
そのまま床へ倒れ込む。すると何かが一緒にドサドサと崩れる音がした。
(な、なんなんだ……? 何かが足元に積み上がってた)
部屋が暗くてよく見えなかった。しかし、夕べ寝る前にはこんなものはなかったはずだ。
「メビウス1……?」
ドキっとする。
寝起きのスカイアイの声だった。さっきの物音でスカイアイを起こしてしまったらしい。
スカイアイが部屋の明かりをつけた。
「どうした、大丈夫かメビウス1?」
「スカイアイ……」
がっくりと肩を落とす。
――失敗した。
せっかくこっそりと靴下にプレゼントを入れようと思っていたのに。何もかも台無しだ。それもこれも、この床に置かれていた物のせいだ。
積み上がっていた物体を睨みつける。
「……って、なにこれ……?」
明かりのついた部屋で改めてよく見ると、それは赤や青や緑、四角い箱、縦長の筒、袋など――形状は様々だがそれらにはひとつひとつリボンがかけられており。
つまり、プレゼントの山だった。
「もちろんクリスマスプレゼントだよ」
スカイアイが答えた。
「誰への……?」
スカイアイは今年からサンタクロース業でも始めたのだろうか。こんなにたくさんのプレゼント。近所の子供たちにでも配るのか?
「全部、君のだ」
「ええっ!?」
「いや、君へのプレゼントを何にしようか迷って、なかなか決められなくて……迷うくらいなら、もう全部贈ろうと思ったんだ」
スカイアイは恥ずかしそうに笑う。
メビウス1は愕然とした。
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
全部って、いったい何個あると思ってるんだ、とか。
どれだけお金を使ったんだ、とか。
プレゼントって一個じゃなくてよかったの? とか。
言いたいことが頭の中に渦巻く。
あれだけ悩んで一個に絞ったのに、自分の苦労はなんだったんだという気がしてならない。
「あ……っ、そうだ、プレゼント!」
自分の持っていたスカイアイへのプレゼントを思い出した。しかし、どこにもない。手に握っていたはずだが、転んだ拍子にどこかへ落としたのか。
辺りには大小様々な形状をしたプレゼントが雪崩を起こして床はプレゼントまみれだった。
「プ、プレゼントがない……! スカイアイも探して!」
スカイアイへのプレゼントをスカイアイのプレゼントの山から探すという、なんとも滑稽なことをしなければならなかった。
しばらくしてスカイアイが「これじゃないか?」と手に持った箱を見せた。
それはここにあるプレゼントの山の中では一番小さくて渋い包装紙に包まれていた。
「あ、それ……!」
「俺が買った覚えのないプレゼントだ」
恐ろしいことにスカイアイはこのプレゼントの山を全て記憶しているらしい。
それはともかく、スカイアイに早速開けてみてと催促した。
作戦は失敗したが、要はスカイアイがこのプレゼントを気に入ってくれるかどうか。それが重要だった。
「ありがとう、メビウス1。……開けるよ」
スカイアイはすっぽりと手のひらに収まる小さな箱にかかった青いリボンをほどいた。
そして、蓋をそっと開ける。
「これは……ネクタイピンか」
スカイアイが箱から取り出したのは、銀色に輝くネクタイピンだった。とてもシンプルな形状で、細長いネクタイピンの先端には青く輝くサファイアがひとつぶ埋め込まれていた。
これがあの店でメビウス1が思わず目に止めたものだった。
キラリと青く輝く光が、まるでスカイアイの瞳みたいだと思って吸い寄せられた。もうプレゼントにはこれしかないと思った。
「君がこれを選んだ理由、わかる気がする。ありがとう……大切にするよ」
スカイアイはメビウス1を引き寄せて、その唇に口づけた。離れても鼻先が触れ合うほどの距離で見つめ合う。
瞳を見つめると、スカイアイの感動が伝わってくる。嘘偽りのない気持ちが。
気に入ってもらえてよかったと安堵する。
「俺からのプレゼントも開けてみてくれ」
スカイアイに言われて、とりあえず赤い靴下に入っていたプレゼントを開けた。
それは淡いグレーのマフラーだった。さわり心地がとても気持ちいい。
「他にもたくさんあるからな」
まだまだ開封待ちのプレゼントは残っていた。それを見てため息をつく。
「嬉しいけど、ここまでしなくていいのに……」
「ああ……でも、これまで君と過ごせなかったクリスマスを思うと、これだけ贈ってもバチは当たらないと思うんだ」
スカイアイは、これまで独りで過ごしてきたのが当たり前だったメビウス1の過去のクリスマスにまで思いを馳せたらしい。そんなこと、一言も話したことはないのに。
――なんて人だろう。
「スカイアイ……」
じわりと目頭が熱くなった。
寂しかった過去は変わらないけれど、今、それ以上に大きな愛が降り注いでくる。
空から降り積もる雪のように。
白く包んで、すべてを覆い隠してゆく。
「メリークリスマス、メビウス1」
「メリークリスマス……スカイアイ」
抱きしめられ、口づけを受けながら万感の思いを込めてつぶやいた。
「……ありがとう」