プレゼントを君に - 1/2

1.

 

軽やかな鈴の音とBGM。
街角に流れているのはクリスマスソングだ。
どれも耳馴染みのある曲ばかりで、足取りもリズムに合わせて軽くなる。踏み出した足の下で、乾いた葉っぱがかさりと鳴った。
街路樹は枯れ葉を脱いだ代わりに電飾で化粧をし、ぴかぴか光っている。いたる所にあるネオンの輝き。
メビウス1は駅前の広場にある大きなクリスマスツリーを見上げた。二階建ての家くらいはありそうだ。
毎年、十二月になればこの飾り立てられたツリーが置かれていたはずだ。ここは最寄り駅で、これまでに何度も何度も見ていたはずなのにその記憶はおぼろげだった。無意識に見ないようにしていたのかもしれない。これまでの自分を振り返るとそう思う。
十二月に入ると街は一変する。
クリスマスの楽しげな雰囲気に。
そこにメビウス1の居場所は、いつもなかった。
美しく飾られた店のウインドウを覗くと、プレゼント用だろう商品が並んでいる。この街の飾りもツリーも全て、店側が商品を売りたくて、人々の購買意欲を掻き立てるためにやっているのだとわかっている。だけど誰かにプレゼントを贈ったり贈られたり、そんなことと縁のなかった自分としてはプレゼントを選ぼうとする行為すら羨ましかった。
プレゼントを贈るような近しい相手――家族、友人、恋人――自分にそんな相手はいない。灯りのついた家の窓、手を繋いだ親子。そんなものを目に入れては胸がぎゅっとしめつけられた。クリスマスは、たった独りの自分を突きつけられる季節だった。だから見ないフリをするようになった。
自分には縁のないシーズンなのだと最初からあきらめていた――これまでは。
ふと立ち止まった店のショーウィンドウ。中を眺めるとマネキンがシックなスーツを着てポーズをとっていた。
(スカイアイに似合いそうだな……)
自分には無縁だと思っていたプレゼントを選ぶという行為をやる日が、ついに来たのである。

ことの始まりはひと月ほど前だった。
久しぶりに家に帰ってきたスカイアイが告げた。
「今年は一緒にクリスマスを過ごせそうだ」
「え、クリスマス?」
「そう。これまで情勢が厳しくてクリスマスどころではなかったけど、今年は年末にやっとゆっくり休めそうなんだ」
「えっと……でも、スカイアイのご家族は……?」
せっかくゆっくり休めるなら家族と過ごす方がいいのではないかと聞いた。スカイアイにはメビウス1と違い、故郷に家族がいるのだから。
「もちろん家族と過ごすのも大切だよ。だけど、クリスマスに君を独りぼっちにしたくない。いや、違うな。……俺が、君と一緒にいたいんだ」
そんな風に言われたら、もう何も言えない。メビウス1もスカイアイと一緒にクリスマスを過ごしたいのだから。
赤くなったメビウス1がこっくりとうなずいたのを確認して、スカイアイは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ早速、ツリーを買いに行こうか」
「ツ、ツリー?」
「クリスマスの楽しみは当日だけじゃないぞ。もう、すでに始まっているんだ」
そう宣言したスカイアイに連れられ、リビングに置けるサイズのクリスマスツリーを買いに出かけた。それにつけるオーナメントもたくさん買いこみ、家に帰ったらさっそく二人でツリーを飾りつけた。
二人でツリーを飾りつける作業は思っていた以上に楽しかった。このオーナメントにはこんな意味があるのだと、ひとつひとつスカイアイに教わりながらツリーを作りあげる。
「てっぺんの星は君がつけていいよ」
最後の仕上げにツリーの星を手渡された。スカイアイの方が背が高いのだから彼がつけた方が楽なんじゃないだろうかと首をひねる。だけどスカイアイは、まるでご褒美を譲るみたいにメビウス1に星を託した。
自分より背が高いツリーのてっぺんに腕を伸ばす。スカイアイに腰を支えられながら、木の頂天に星を取り付けた。
始めからそこにあるのが当然のように星が輝いている。やっぱりクリスマスツリーには星がないと。
やり遂げた充足感が溢れてくる。
その夜は二人で寄り添ってツリーを見ながらいつまでも語り合った。次の日にはスカイアイは仕事で基地に戻らなければならなかったからだ。
スカイアイはツリーの他にも、こんなものを残していった。
「これは……カレンダー?」
「そう。クリスマスまでの日を、このアドベントカレンダーでカウントダウンするんだ。ワクワクするだろう?」
それは三角の屋根のある家の形をしたカレンダーだった。家の壁にあたる部分に日付けの数字が並んでいて、それぞれが小さな引き出しになっている。その引き出しを開けると――。
「あ、チョコが入ってる」
「クリスマス・イヴには帰ってくるから、それまではこれで我慢しててくれ」
頬にキスをされた。
なんだか子供扱いをされているようで、釈然としない気分でチョコを頬張るメビウス1だった。

そのアドベントカレンダーを半分まで開けたころ、メビウス1は焦りだした。
スカイアイに贈るプレゼントが決まらないからだ。
色々と思案した。定番にマフラーとかネクタイがいいだろうか、とか。いっそのことネタに走るか……とか。
クリスマスなのだから、やっぱり特別感があるものがいい。だが、あのお洒落なスカイアイにいったい何を贈ればいいのか。自分のセンスに自信がない。
スカイアイは優しいから、メビウス1が選んだものなら何だって喜んでくれるのはわかっている。だけど、そんな彼の優しさに甘えて妥協したくない。だって初めてのクリスマスなのだから。
大切な人に贈るプレゼント。
絶対に喜んでほしい。
(プレゼントを選ぶって、こんなに大変だったんだな……)
悩むけれど、なんだか楽しい。悩んでいる時間も甘くて、くすぐったい気がする。
ずっとスカイアイのことを考えているからかもしれない。スカイアイの好きなものを思い出して。彼の喜ぶ顔を思い浮かべて。
プレゼントを贈る相手がいる幸せを噛みしめる。
それも、きちんとプレゼントを選べないと全てが台無しになる。グズグズと悩んでいても仕方ないと、こうして街に出てきてみたのだった。実際に品物を見ていたら何かピンとくるものがあるかもしれない。そんな期待をしていたわけだが。
「はぁ……」
ため息を吐くと、店のウインドウが白く曇った。
スーツを着たマネキンがメビウス1を上から見下ろしている。
スカイアイが普段から身につけているものはシンプルだが上質そうなものばかりだ。メビウス1は服に気を使わないから、彼がいったいどれほどのお金をかけているのかはわからない。ブランドも知らない。だが、普段メビウス1が買っているような店のランクではないのは確かだろう。
メビウス1とて金がないわけじゃない。それなりに貯金はあるし、スカイアイへのプレゼントをケチるつもりもない。ただ、こんな色褪せたジーンズを履いて高級そうな店に入るのが恥ずかしかったのだ。場違い、という感じがして。
もっとちゃんとした格好をしてくるんだったと後悔した。とはいえ「ちゃんとした格好」と言える服なんて持っていやしないのだが。
もしかしたら服の問題でもないのかもしれない。高級店に自分なんかが入っていいのだろうか、という謎の自虐。自信のなさのせいなのかもしれなかった。
(だったらもう……どうしようもないな……)
再びため息をつきかけた時だった。
「あの……」
突然、声をかけられメビウス1は心臓が飛び出そうなほど驚いた。
顔を上げ、声のした方を振り向くと、スーツを着た女性が控えめに立っていた。
「あの、もしよかったら中に入ってご覧になりませんか?」
そう言って少し前かがみになり、手で入口を案内する女性。顎のあたりで切りそろえられた髪が清潔そうにさらりとなびいた。
女性は、この店の店員らしい。あまりにもメビウス1が店の前で立ちすくんでいたせいだろう。見かねて声をかけてくれたようだった。
「あ……っ、いや、その……」
メビウス1は思わず逃げ腰になった。いつもの癖で人見知りを発揮しようとした。
だが、はたと踏みとどまる。
これは絶好のチャンスなのではないか。このままではいつまでたっても店に入られない。ここで逃げていては何も始まらないじゃないか。逃げたくなる気持ちを何とか抑え込み、メビウス1は女性店員について行った。
店の中はスーツなどの服や、鞄や靴、手袋などの小物が一点ごとに品よく並んでいた。
女性店員が聞いた。
「何をお探しですか?」
「えっと、……プ、プレゼントを……」
「そうなのですね。具体的に何にするか、お決まりですか?」
「い、いえ……まだ」
それから「予算はいくら」だの「誰に対するプレゼントか」だのと色々と聞かれ、それに答える。「恋人に」とは恥ずかしくてどうしても言えず、「同僚に」と答えてしまった。すると女性店員はメビウス1の眼前にオススメの商品を並べてくれる。
皮の手袋とか、時計とか。
確かにすすめられた物はどれもセンスが良い代物だったしスカイアイにも似合いそうで悪くはない。しかし何か物足りなかった。
せっかくスカイアイにプレゼントするのだから、自分がこれがいいと思うものを選びたかった。
だけどこの女性店員も丁寧に選んでくれている。それが彼女の仕事なのはわかっているが、それでも親切にされたことを無碍にするなんてメビウス1にはできなかった。自分で選べない以上、やはりこの中から決めるしかないのかもしれない――。
そうあきらめかけた時だった。
視界の端にキラリと光るものを感じた。
ふと、なにか気になってそちらに目をやる。
それは店のレジ近くにあるガラスのショーケースからだった。
まるで吸い寄せられるようにメビウス1はそのショーケースを覗いた。