小話まとめ3

『風邪@ネコの気持ち』

 

耳をそばだてると咳き込む音が聞こえた。何度も何度も咳をしている。心配になってリビングのソファーから降り、咳の聞こえる部屋に近づいた。
前足を、自分の身体よりはるかに大きな扉に押し付けると扉は音もなくゆっくりと開いた。
薄暗い部屋の中、大きなベッドへ近づく。夜は毎日ここで一緒に寝ていたのだが、今は風邪がうつるのを気にしたのか、それとも咳がうるさいのを気にしたのか、俺はあの人の部屋からしめ出されていた。だけど、やっぱり気になる。
ベッドに飛び乗った。あの人は布団をかぶって横になっていた。顔は紅潮して、眉をしかめて荒い息を吐いている。
何とかしてあげたいけど自分には何もできない。食べ物をあげることも、水を飲ませてあげることも。
普段、なんの不自由もない快適な生活を世話されながら、しかし俺には彼のために出来ることは何一つ無いのだ。
仕方なく、そばへ寄って顔を舐めた。しょっぱい汗の味がする。
「メビウス1……?」
あの人がうっすら目を開けた。
「腹が減っているんだな……。すまない、今……」
あの人はつらそうに身体を起こす。
俺は引き留めようと鳴いた。
(心配なんだよ、大人しく寝ててよ)
そう伝えようとフラフラ歩くあの人の足元に邪魔をするように纏わりつく。だけど、そんな俺の姿は彼には餌をねだっているようにしか見えない。皿に沢山の餌と、新鮮な水をたっぷりと入れてくれた。
俺は複雑な気持ちでそれを見た。
(違うのに……)
彼は、俺には餌を与えながら自分は何も食べようとしなかった。水だけ飲んで、また寝室へフラフラと戻っていった。
俺はしばらく時間をおいて、あの人を追いかけた。ベッドで寝入っているあの人のそばへ行き、布団の中に潜り込んだ。
俺には何もできないけど、せめて――。
彼の身体に張り付くように横になる。
そうしてずっと彼のそばを離れなかった。
ときどき思い出したように身体を撫でる手を感じながら、早く治りますようにと願った。

翌朝、幾分か顔色の良くなったあの人が俺を撫でて声を掛けてきた。
「身体が弱ると心も弱ると言うが、君がずっとそばにいてくれたから心強かったよ。……ありがとう」
俺はニャーと鳴いて身体を擦りつけ、遠慮なく餌をねだった。

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