今年もスカイアイの誕生日がやってきて、それをメビウス1が祝ってくれた。そこでふと疑問に思ったスカイアイは、基地の自室で共にくつろいでいるメビウス1に尋ねた。
「そういえば、君の誕生日を教えてくれないか」
これまでは戦時中で機会がなかったが、せっかくメビウス1と恋人になれたのだから彼の誕生日も祝いたかった。
スカイアイ自身は別に誕生日を祝われたいわけではなかった。もういい大人だ。誕生日が来て喜ぶような歳でもない。もちろん祝われて嬉しくないわけではないが。
戦場での“あのセリフ”は皆を和ませたくて言った単なる軽口であって、本気で言ったわけじゃない。だが、あれを真に受けたのかメビウス1はきっちり誕生日を祝ってくれる。だからその礼も兼ねて今年こそメビウス1の誕生日を祝いたい――と思っていたのだが。
頭をかいて照れ笑いをするメビウス1の言葉にショックを受けた。
「ごめんスカイアイ。俺の誕生日、もう過ぎちゃったんだ」
「な、なんだって? なぜ言ってくれなかったんだメビウス1! ……いや、もっと早く聞かなかった俺が悪いな」
すまないと頭を下げる。
「誕生日ごとき、気にしないでよ」
「いや、よくない。遅くなったが今からでも祝わせてくれないか? そうだな……何か欲しいものはないか。して欲しいことでもいい」
「ええ? 急に言われても……」
頭を悩ますメビウス1に欲しいものをしつこく尋ねるスカイアイは、いつぞやの司令官のようだった。
「何でもいいんだ。君の望むことを、何でもしよう」
「……ほんとに?」
「え?」
「本当に何でもいいの?」
そう確かめるように言われ、一瞬だけ怯んだスカイアイだったが、すぐに気を取り直した。
「ああ、何でもだ。男に二言はない」
メビウス1の為ならば、たとえ高級車だろうと一軒家だろうとプレゼントする気概でいる。しかし、わかっている。何事にも謙虚なメビウス1がそんな物をねだってくるはずがない。
普段からメビウス1は恋人であるスカイアイに何もねだらないし、ろくに甘えてくれない。そんな彼が珍しく何かを言おうとしているのだ。何が何でも叶えてやらなければならなかった。そうでなければ男がすたるというものだ。
「うん……あのね」
もじもじしながら伝えられた、初めてとも言えるメビウス1の望みは、スカイアイには意外なものだった。
「マッサージ……だと?」
「……だめ?」
「駄目ではないが」
「前にスカイアイが俺にマッサージしてくれたことがあったでしょ? あれ、すっごく気持ちよかったんだ。でも、あれからスカイアイ、マッサージしようかって言ってくれなくなって……俺、もしかして何かしたかなって」
メビウス1がしょんぼりした顔をする。眉を下げた一般的には情けない顔と言えるものだったがスカイアイには庇護欲をそそる。可愛くてたまらなく見える。だが、そんな顔をさせているのが自分だとすると、のんきに可愛いとも言っていられない。
それにスカイアイには彼の訴えに覚えがあった。
「君のせいじゃないメビウス1。あれは俺の……」
「スカイアイの?」
メビウス1が不思議そうに首をかしげた。
あまり言いたくはなかったが、メビウス1が自分のせいだと勘違いしているのであれば、きちんと話して誤解を解かなければならなかった。
――あれは戦時中のこと。
いつも眠れなくて苦しんでいたメビウス1にマッサージをしてやろうと提案したのは自分だった。いい思いつきだと思ったのだが、実際にマッサージをしてみると、彼の身体に触れるにつれ自分の中にやましい気持ちが芽生えるのを抑えられなかった。想い人の身体に触れ、何も感じないほどスカイアイは木石でもない。
だがしかし、当時のメビウス1はスカイアイの気持ちを知らなかった。
「……俺には確かに下心があった。だから何も知らない君の身体に触れるのはセクハラに当たるのではないかと思ってな。それ以来、君にマッサージするのをやめたんだ」
正直に言えば、この話を打ち明けるのは避けたかった。下心があったなどと聞かされたら彼も不快に思うだろうし、欲を抑えられない自分自身が情けなかった。
だから、スカイアイの話を黙って聞いていたメビウス1の感想を信じられない思いで聞いた。
「スカイアイって、紳士だね」
――どこをどう取ればそうなる。下心があったと言ったばかりだぞ。
メビウス1のお花畑が咲いていそうな感想に頭を抱えたくなった。
「だって普通の人は同じ状況になったらたぶん、ラッキーとか役得だとしか思わないよ」
メビウス1がくすくす笑った。
「……そうかな?」
「うん。そういうスカイアイの誠実なところ、すごく好き」
スカイアイの心臓が跳ねた。好き――と、軽く言われただけだがメビウス1がその二文字を使うことは非常にまれだった。だが、とても自然に出てきたセリフで、だからこそ、それが偽らざるメビウス1の本心なのだと示しているようだった。
おまけに彼は頬を赤くして言い直した。
「あ、違う、あの――『尊敬』してる」
別に『好き』のままでよかったのに。
ため息を押し殺し、スカイアイは言った。
「わかった。君が嫌でないならマッサージをしよう」
スカイアイの言葉にメビウス1はまれに見る笑顔で応えた。
備え付けられたベッドにメビウス1をうつ伏せに寝転ばせる。
「マッサージ中に眠くなったら寝てくれてかまわない」
スカイアイは先にそう伝えた。
以前マッサージした時もメビウス1は眠ってしまったし、今回もそうなる可能性が高い。だから服装もTシャツに短パンと、いつ寝てもいい楽な格好に着替えてもらった。
「うん」と頷くメビウス1は目を閉じ、もしかしたらもう半分寝かかっているのかもしれない。完全にスカイアイを信用しきっている顔だ。
(下心があると伝えたのだがな……)
恋人として、その信頼は掛け値無しに嬉しいが、どこか複雑でもあった。
スカイアイは両手を擦るようにして温め、指を鳴らした。
「では始めるぞ」
まずは肩から。
彼を驚かせないようにゆっくり撫でさする。表面が温まってきたら指を立てて筋肉を揉みほぐした。あまり強くしすぎると揉み返しがくるから力加減には気を使った。
時折、メビウス1から悩ましげなため息が漏れ聞こえた。
気持ち良いのだろう。自然に漏れ出てしまうらしいそれは、スカイアイに情事の声を思い起こさせる。
以前のマッサージの時にも同じように感じたが、あれは単なる妄想だった。だが今は違う。メビウス1の情事の時の声をスカイアイは知っている。はっきりと思い出せる。その時の情景も、彼の肌の温度も全て。
妄想も厄介だったが、すでに知ってしまった現実を消すことはもっと難しい。
なるべく考えないように努めながら、メビウス1の身体を揉みほぐすことに集中した。
上半身が終わり、スカイアイは一息ついた。
さて、次は問題の下半身である。以前はその先に触れるのさえためらって、メビウス1が眠ってしまったのを理由にマッサージを終わらせた。
今回も、見ればメビウス1はやはりウトウトと寝入っているようだった。このまま終わらせてもバレはしないだろう。だが、そんな中途半端はスカイアイの矜持が許さなかった。
今回、スカイアイは始めから全てこなすつもりでいた。マッサージはメビウス1がした数少ないおねだりだ。必ず完遂する。そういう気概で臨んでいる。
メビウス1の細い腰に手を当てる。手の上に手を重ねて上から体重をかけて押す。ゆっくりと揺さぶるように。するとメビウス1の身体もゆらゆらと揺れた。戦闘機パイロットにとって腰は最も負担がかかる部位の一つだ。念入りに揉みほぐす。
腰から尻へ徐々に移動する。メビウス1の臀部はしっかりと筋肉がついており、柔らかさと張りを手の平に感じさせた。
尻の筋肉は意外と凝る。力をかけて押すと痛いらしく、メビウス1が「うう」と呻いた。
一旦、尻から離れて足先へ移動する。 足裏から足首をほぐし、ふくらはぎへ。リンパの流れに沿って下から上に登っていく。
だがしかし、この位置取りがよくなかった。
ふくらはぎの盛り上がりから、ひざ裏のくぼみ。短パンから覗く太もものなだらかな稜線。そしてその先にある双丘。
あまり普段は見られない角度だ。
絶景――もしくは、眼福。などという単語が頭に浮かび、スカイアイは首を振った。勝手にメビウス1を性的に見ることは、まるで彼を穢す行為のようで後ろめたい。だが同時に本当にそうか?と問いかける声もする。自分と彼は恋仲なのだから別にかまわないのではないか、と。
だらんと力なく伸びた柔らかな太ももに触れると吸い付くような感触がする。わずかに開いた太ももの隙間。過去に彼のそこに自らを挟み込んだ記憶が蘇った。あの時の太ももの張りつめた感じ。後ろから抱きしめた身体が何度も痙攣し、スカイアイに絶頂を伝えた。
初めて彼に触れた日を思い出し、熱くならないはずもなく――。
スカイアイはうつ伏せに寝たメビウス1をひっくり返して起こし、その唇を強引に奪う妄想をした。
それ以上の妄想もした。
しかし、実行には移さなかった。
スカイアイの誠実さが好きなのだと言ってくれた。すやすやと自分を信じ切って安らかに寝ているメビウス1の信頼を裏切ることはどうしてもできなかった。
これは果たして臆病なのか。それとも紳士的と褒められるべきものなのか。スカイアイ自身にも分からない。
自分自身と戦いながらマッサージに専念するのは悟りの境地に立つ修行のようだった。終わった頃にはスカイアイも汗をかくほど疲労していた。
メビウス1の身体にシーツをかける。気持ちよさそうに寝ている寝顔にひとつ触れるだけのキスをする。
それを自身への褒美とし、マッサージを終了した。

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