皆様こんにちは。
私は今期の大規模な異動によりこちらの基地に配属されました事務官です。
しかし、この異動が決まったとき同僚たちから大変同情されてしまいました。なぜなら上司が“とてつもなく”怖いと噂の方だったからです。ええ、軍隊なんて怖くてなんぼです。怖い上司なんていくらでもいるのです。しかし、あの方はそのさらに上をいく怖さなのだそうです……。
私は心の中で泣きました。なんて運が悪いのかと。でも上からの異動命令には逆らえません。
初日は緊張して吐きそうでした。足の震えをなんとか悟られないように懸命に歩きました。
初めて執務室で上司にお会いしたときのことはあまり覚えていません。挨拶がきちんとできたのかすら。しかし、殴り飛ばされなかったのでなんとか及第点はいただけたのでしょうか。
上司は確かに見た目からして怖そうな方でした。立派な体躯を持っておられて、眼光鋭く、声も低い。喋り方もぶっきらぼうと言いますか、声に冷たい響きがあります。しかし、命令は簡潔でわかりやすく、こちらが質問をした際にも論理的に答えてくださる。とても有能な方なのだとすぐにわかりました。
それに、とても怖いとの噂でしたが、私が接する限りでは無意味に怒鳴ったり殴ったりもなさいませんでした。もちろん書類に不備があったりミスがあれば厳しく叱られますが、それは当たり前の範囲です。見た目や雰囲気が恐ろしいので、誤解されていらっしゃるだけなのかもしれません。
そう安堵していたときでした。
執務室に上司と入ると、なんとそこには侵入者が……!
上司のデスクに座っている男の姿があったのです。
彼はこちらに気づくと片手を上げました。「よっ!」てな具合です。しかし、彼はこの基地の人間ではないのです。私は知っています。彼はこのオーシア軍を勝利に導いた「三本線」の英雄なのです。そして、どういった経緯かは知りませんが二人は知り合いのようなのです。
それにしても一体どうやって入ってきたのでしょうか――と私が疑問に思う前に上司が足早に彼に近づき、彼の胸ぐらを掴み上げました。そしてデスクから立ち上がらせて、その頬を思い切り殴りつけたのです。彼は当然、吹っ飛びました。
「いっ、てぇ……」
側にあった黒い長椅子に背中を預けるように倒れた彼は呻きました。めちゃくちゃ痛そうです! 私は後ずさり、二人から距離を取りました。
「トリガー、貴様……」
上司が憤怒の表情で彼に近づきます。怖いです、怖すぎます。全身から怒りのオーラが立ち上っているのが見えます。
上司はもう一度、彼の胸ぐらを掴み至近距離で彼に凄みました。
「勝手に部屋に入り何をしていた。また端末でも探っていたんじゃないだろうな?」
「してないよ。するわけないだろ……。あんたが帰ってくるまでちょっと座ってみただけだよ」
英雄だとわかっていても、まだ二十代の青年が少し拗ねたように訴える様に、私はうっかりキュンとしてしまいました。上司は突き放すように彼の胸ぐらを離すと、さっきまでの怒りはどこへいったのかと思うほど平静に戻りデスクに座りました。
私は慌てました。彼はまだ椅子に半身を預けてだらりとしています。
「あ、あの、大丈夫ですか? 手当を――」
「放っておけ」
上司が言います。そう言われたら私にはもう何もできません。
心配する私に英雄が言いました。「慣れてるから大丈夫だよ」と。殴られるのに慣れているとは――どういう関係なのですか?
「おいトリガー。貴様、勝手に俺のコーヒーを飲んだな?」
「ああ。待ってる間に暇だったからさ。冷めてたよ」
英雄はあっけらかんとおっしゃいます。大丈夫ですか? また殴られませんか?
「お前、コーヒーを淹れてこい。……二つだ」
「は、はい!」
私は急いで退室しました。コーヒーを二つ……コーヒーを二つ、と唱えながら。
――ん、二つ?

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