小話まとめ - 6/6

『腕時計』

 バンドッグが腕を掴んだ。その瞬間、手首でパキリと嫌な音がした。
 さすがのバンドッグも気づいたらしい。いつも有無を言わさない男が手を離してくれた。手首を見ると、身につけていた腕時計の樹脂バンドが割れていた。
「ちょ……っ、壊れてる! あんたが馬鹿力で握るから」
「ふん、ヤワな時計だな。そんな安物をつけているからだ」
「しょうがないだろ、金ないんだし。ていうか、それが壊した人間の言うことかよ!」
 そんな感じで、しばらく言い合いをしたのがつい先週のことだった。
 それから、いつものように家に呼ばれて来たトリガーに、バンドッグは左腕を出せと言う。以前なら安物の時計が居座っていた場所に何かを巻きつけた。
「こ、これって――」
 キラリと白銀に輝く腕時計。深い青の文字盤が美しい。メーカーは前にトリガーが使っていた物と同じだった。しかしグレードは数段上だ。戦闘機で高Gがかかっても壊れない、高い視認性と耐久性に優れた代物。高級なパイロットウォッチをウイングマークが取得できた暁に買う仲間もいたが、トリガー自身はバイクに金をかける方を選んだ。たかが腕時計に数十万も出すのは馬鹿らしいと思ったからなのだが――。
「お前もパイロットならこのくらい持っておけ」と、バンドッグは言う。
「いやいや、こんな高いの困るって……!」
 つけられた腕がずっしりと重く感じる。身の丈に合わない気がして、トリガーは冷や汗をかいた。
 たかだか数万円の時計を壊されたくらいで彼を責めてしまった嫌がらせか?
「バンドッグ……」
 困った顔で彼を見ると、バンドッグは舌打ちをして煙草に火をつけた。
「それはもうお前にやったものだ。いらんなら捨てろ」
 明後日の方を向いて煙を吐き出す。すっかり機嫌が悪くなってしまった。
 ――いや、拗ねている、のか?
 トリガーは向けられたバンドッグの広い背に背中を預けて「ごめん」と呟いた。言ってから、すぐにこれは違うと思って言い直した。
「ありがとう」と。

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