『犬と海』
「なあ、サージと海で遊びたいんだけど」
トリガーの発した海という単語にリビングのソファーに伏せていたサージが顔を上げた。その瞳は期待を込めてバンドッグを見つめている――トリガーと同じように。
バンドッグはため息を吐いた。
「お前が遊びたいだけだろう。……まぁ、構わんが」
「やった! 行くぞ、サージ!」
トリガーの呼びかけに、サージがひと声鳴いて立ち上がった。
「待て。お前たちだけで行くな」
「え、バンドッグも来るのか?」
「お前だけでは何かあったときにサージをコントロールできんだろうが」
ソファーから重たい腰を上げる。それを見たトリガーはどことなく嬉しそうな顔をした。
穏やかな日差しが降り注ぐ午後。
トリガーがサージのリードを引く。その足取りは明らかに浮ついていた。
――まったく、どちらが犬なんだか。
バンドッグは苦笑した。
海に人影はなく貸し切り状態だった。リードを外してやると、サージは波打ち際を走り出した。それをトリガーも追いかけていく。走る一人と一匹が、バンドッグには二匹の犬がじゃれ合っているようにしか見えなかった。
トリガーは持ってきていたフリスビーを青空に向かって投げた。それをサージは追いかけてジャンプし、空中でキャッチする。フリスビーを口に咥えて帰ってきたサージを、トリガーは頭を撫でて褒めてやっている。
もう一回、と続けて投げようとするのを止めた。
「俺が投げる。お前はサージが戻ってくるまでに、ここで腕立て伏せを十回しろ」
「ええっ、なんでだよ!」
「最近トレーニングが疎かになっているだろう。いいから、やれ」
そう命じると、トリガーは唇を尖らせながらしぶしぶ地面に腕をついた。
「行くぞ」
空に向かってフリスビーを切り裂くように投げた。サージが砂を蹴って弾丸のように駆け出す。バンドッグの横でトリガーは腕立て伏せをする。十回を数え終わって、トリガーが腕立て伏せを終了した、そのしばらく後にサージがフリスビーを咥えて戻ってきた。
「まだ余裕があるな」
「当たり前だろ、このくらい――」
「よし、次。サージ、トリガーに楽をさせるな!」
間髪をいれず次を投げる。
「休みなしかよ!」
トリガーは慌てて地面に這いつくばった。
十セット繰り返したところで、トリガーの腕は限界に達し、戻ってくるサージに負けた。
「も……無理……ッ」
トリガーは砂浜にばったりと倒れ伏した。その顔をサージが慰めるように舐めた。
「おい、老犬に負けていてどうする。さっさと立て。帰るぞ」
「……海で遊びたかっただけなのに……」
ぼやくトリガーの頭を犬を褒めるように撫でてやった。

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