小話まとめ2 - 1/9

『つまどい』

 

消灯時間の過ぎた兵舎の廊下は静寂に包まれている。
スカイアイの部屋の前で手を握りしめると、手の中の紙がかすかに鳴った。
ノックをする。待っていたかのように扉が開き、メビウス1は音もなく室内に引きずり込まれた。
扉が閉まる音と同時に伸びてきた腕がメビウス1の身体を温かい胸の中に閉じ込めた。耳元に吸い付く唇の感触がくすぐったい。
「待っていたよ」
低い音が背中から腰骨まで伝わって震えた。
「スカイアイ……今日は、どうしたの?」
スカイアイから少し身体を離して手の中に握った紙を開いた。そこには“2300”と数字が小さく書いてあった。
これは今日の昼間、スカイアイがすれ違いざまに手の平に握らせたメモである。この時間に部屋で待っている、というスカイアイの意思表示だと、メビウス1にはすぐにわかった。
彼がこんな手段に出るのは初めてだった。こんなことをしなくても、メビウス1は自主的にスカイアイの部屋を訪れていたし、スカイアイも来てほしい時は言葉で伝えていたはずだった。
そう疑問を口にすると、スカイアイは「ドキドキしなかった?」と小さく笑った。
確かに、二人にしかわからない暗号めいたやり取りは、イケナイコトをしているような高揚感があった。
「君が来るのが待ち遠しくて。つい……な」
チュッと額に口づけを落とされる。
ソファーに場所を移してお互いを触り合う。
密やかに高め合い、離れていたことが信じられないくらい密着して愛し合った。
湿度が上がったような気がする部屋。スカイアイの胸からは力強い鼓動が聞こえる。
「“つまどい”みたいだな」
スカイアイがポツリと言った。
妻問とは、確か、夫が妻の元に通う婚姻の形式だ。
「俺には歌を詠むなんてできないから君にメモを渡すのが精一杯だった。いつも、君の訪れを待ちわびているんだよ」
そんなの――そんなの、俺だって。
メビウス1は伝えきれない気持ちを唇にのせてスカイアイの唇に届けた。