小話まとめ - 4/10

 

『雨の日』

 

本屋で二人、本を買った。

これが面白かっただの、オススメだのと言い合っていたから、気がつけば小一時間経っていて、店から出ると雨が降っていた。
六月のノースポイントはよく雨が降る。ビルや道路は黒々と濡れ、歩く人たちは皆一様に傘をさしていた。
「結構、降ってるな」
「俺、傘を持ってきてるよ」
メビウス1が背中にかけたボディバッグから折りたたみ傘を取り出した。
「さすが。用意がいいな」
「出かけるとき、雨が降りそうだなって思ったから……」
はにかんだ笑みをみせる。
スカイアイ自身は雨に濡れても平気だったが、ノースポイントでは雨が降れば傘をさすのが当たり前で、メビウス1も雨に濡れるのは嫌いなようだった。
「はい」
紺色の折りたたみ傘をポンと開いて前にかざし、メビウス1は目配せをした。入れということだろう。だが、メビウス1の持つ傘にスカイアイが入るのは身を屈めなければ無理だった。スカイアイは傘を持つメビウス1の手の上に手を重ねた。
「俺が持つよ」
「あ……、うん」
傘をさし、雨の中へと一歩を踏み出す。
メビウス1の歩調に合わせて歩く。
男二人が入るには折りたたみ傘は小さい。それに彼との間が微妙に空いているせいでメビウス1の肩に雨粒が垂れてしまう。なるべく傘を彼の方へ寄せるが、スカイアイが近寄るとメビウス1も同じ分だけ遠ざかって距離が一向に縮まらなかった。
「メビウス1、もっとこっちに寄らないと濡れるだろ」
「えっ、だ、大丈夫」
うつ向いた表情は見えなかった。耳が少し赤い以外には。
いったいなにを遠慮しているのか。恋人になってもメビウス1はたまにこんな恥じらい方をする。
スカイアイは買った本の入った紙袋を脇の下に挟み、傘を持つ手を変え、メビウス1の肩をもう一方の腕で抱き寄せた。
「わ……」
ぶつかるように密着する身体。メビウス1は驚いた顔でスカイアイを見上げて、ささやいた。
「スカイアイ、見られるよ」
「誰もこんな雨の中、まじまじと見ないよ」
ここは街の中心部。行き交う人も多い。しかし傘をさして歩いている人たちは濡れたくないせいか急ぎ足で、こちらを特に気にする様子もない。
雨の音が周囲の雑音を和らげる。街は雨粒のカーテンで遮られ、この小さな折りたたみ傘の内と外で世界が隔たっているような不思議な感覚があった。
メビウス1が内緒話をするようにポツリと言った。
「知ってる? こういうの、ノースポイントでは『相合傘』って言うんだ」
メビウス1の声は普段から控えめなボリュームだ。だから会話をするときは彼の声に意識を集中しなければならない。そんなところが気にさわる人間もいるだろうが、スカイアイは好ましく思っていた。穏やかで優しい響きは彼そのもの。聞こえなかったふりをして彼に近づき、ぐっと距離を詰める。恋人になる前は、よくそうして彼に少しでも意識してもらおうと、涙ぐましい努力をしていたものだ。
回した腕にぐっと力が入る。気づいたメビウス1がこちらを見上げ、柔らかく微笑んだ。見つめあった顔が思ったより近くて胸が高鳴る。
うっすらと誘うように開いた彼の唇に釘付けになりながら、ここが家だったらとスカイアイは考える。
相合傘をして肩を抱いて歩くことはできても、さすがに人混みでラブシーンを演じるつもりはなかった。
早く家に帰りたいな、二人の家に――。

湿った冷たい服を脱いで熱いコーヒーを淹れ、静かな雨音をBGMに二人でゆっくり本を読もうか。