おくりものにリボン

「え、くれるの?」
リビングのソファーに座り、夕食後のコーヒーを二人で味わっていた時だった。
唐突にスカイアイから渡されたのは、青いリボンのついた茶色の紙袋。
「どうして?」
「今日はバレンタインだろう?」
「あ、ごめん。俺、何も用意してない……」
ガックリとうなだれる。
俺は記念日がどうしても覚えられなかった。過去に何度も同じ失敗をしてしまっている。
「かまわないよ。俺があげたかっただけだから」
スカイアイは気にしていないと笑ってくれた。
開けてみるよう催促され、青いリボンを解いて紙袋を開く。
中から出てきたのは薄手の、淡いブルーのセーター。柔らかい感触が気持ちいい。俺は手触りのいいものが好きだった。服や身に付けるものは特にそれを重視する。彼には自分のこだわりを話していないはずなのに、何故だかバレていた。
セーターをシャツの上からかぶる。
「よく似合ってる」
スカイアイが満足そうにうなずく。じっくり見つめられるのが恥ずかしくて、着心地を確かめる振りをした。このセーターは特に上質そうだった。彼が選んでくるのはいつもそうだ。
「これ、高いんじゃないの?」
心配になって聞いた。
「メビウス1、贈り物の値段を聞くのは野暮ってものだ」
「そうだけど、この間の誕生日にも、クリスマスにもプレゼントを貰ったし」
スカイアイは事あるごとにプレゼントをくれる。元はといえば、俺のせいなのかもしれないけど。
まだ付き合いたての頃、二人で街に出掛けたときのことだった──。

昼食を洒落た喫茶店で食べた後、これからどうしようかと街を歩きながら相談する。映画を見るのもいいか、などと話していたときに、どこからか視線を感じた。見れば、女の子たちがこちらを見て何か話している。
スカイアイが女の子に見つめられるなんていつものことで、今さら何とも思わない。けど、隣にいる俺もついでに見られている気がした。
ガラス張りの店の前に俺とスカイアイが並んで映っている。彼はいつも、派手さはないが似合う服を着ていた。
それに比べて俺の格好は──。
着倒したよれよれのパーカーに、何度も洗濯して色褪せたジーンズ。
自分の姿を見たら、猛烈に恥ずかしくなった。改めて見渡せば、街も人々も皆オシャレでまばゆい。自分だけがひどく場違いな気がした。女の子たちは、スカイアイの隣に俺みたいなダサい人間がいて、不釣り合いだと思って見ていたのかもしれない。
スカイアイは、こんな俺を連れて恥ずかしくないんだろうか?
一度意識してしまうと考えが頭から離れず、歩みが遅くなった。
そんな俺に気付かない彼ではなく、「つまらない?」と余計な心配をさせてしまった。首を振って否定するも気持ちは沈んだままで、どうしたんだと気遣うスカイアイに仕方なくうちあけた。
「俺って……ダサいよね」
情けなくて死にそうだった。穴があったら入りたい。今さら気づくなんて遅すぎる。
こんなくだらないことで、いちいち揺らぐ自分も嫌だった。やっと自信のない自分を認識して、もっと自信が持てるように変わろうとしてきたはずだった。でも、なかなか上手くいかない。
「なんだ、そんなことを気にしてたのか?」
あっけらかんと“そんなこと”と、他でもないスカイアイに言われるとグッサリくる。
「軍の中じゃ、皆そんな感じだし、今さらだろう。それに君はファッションに興味がない人間だと思ってた」
「ん、そうなんだけど……。あまりにもヒドいんじゃないかなって」
「……俺は君がどんな格好をしていようが気にならないけどね。君が気になると言うなら協力しよう」
スカイアイは俺の手を取って歩きだした。
「これから服を買いに行こうか」
「えっ」
「君に似合う服を見つくろってあげるよ」
これから映画を見る予定だったのはいいのかとか、手を繋いで歩くのはどうなんだとか。色々言いたかったけど、スカイアイが妙に楽しそうだから、結局何も言えなかった。
繋いだ手の温度ばかりが気になって、周りは見えなくなっていった──。

そんなことがあって以来、スカイアイは何かと服をプレゼントしてくれるようになった。今着ているVネックのシャツもそうだし、マフラーやコート。いまや、持っている服のほとんどが彼が見立てた物だった。
俺の見た目は格段によくなり、スカイアイは満足げだ。彼は俺の服選びを楽しんでいる。
でも、不満がないわけじゃない。彼がくれるのは高そうなものばかりなのだ。そんなに高いものじゃなくて十分なんだけど、って言っても聞いてもらえない。どうも俺たちは金銭感覚が違うらしい。
「気に入らなかったか?」
隣で残念そうな顔をされたら、俺は全力で首を横に振るしかなかった。
「そんなわけないよ。でも、俺、何も返せないし……」
金がないわけでも、スカイアイに金を使うのが嫌なわけでもない。彼に気に入ってもらえるプレゼントを選べる自信がなかったのだ。だから凝った料理を作ったり、一日一緒に過ごすことでプレゼントの代わりにしていた。手抜きだと言われても仕方がないのに彼は怒らない。
「そんなこと気にしなくていい。君には返しきれない程のものを貰っているから」
「いつ……?」
スカイアイにプレゼントを贈った記憶など数えるほどしかない。
「忘れたのか?……終戦記念日だ。俺の誕生日に、君がくれた」
はっとした。確かにファーバンティの戦いの前に、そんなことを言われた気がする。
「でも、それは……」
皆で勝ち取った勝利だ。俺だけじゃなく。
「わかっている。でも俺はあの時、君個人に頼んだんだ。だからくれたのは君なんだよ」
スカイアイが青い瞳を細めて俺を見る。あの時、あの瞬間に戻ったような気がした。
「君は生きて、俺の元へ帰ってきてくれた。それが何よりの贈り物だ。……いつでも」
微笑みに俺はたまらなくなって衝動的に抱きつく。普段なら恥ずかしくて自分から抱きつくなんて出来ないけど。
スカイアイの腕の中は、俺の体にあつらえたようにフィットした。首筋に頬を擦りつけると彼の香りがする。セーターの上からぎゅっと抱きしめられ、ゾクゾクとした感覚がどこからともなく沸き上がった。
無防備な首をスカイアイの唇が吸う。毒が流れ込むように、そこから熱と痺れが生まれた。
「っ……スカイアイ」
「ん……?」
低い声がすぐそばで鼓膜を震わす。
「あの……」
体を離そうとする俺の抵抗を封じるつもりか、間をおかず耳朶を噛まれる。
違うのだ、抵抗したい訳じゃない。
「あの、ね。バレンタインを忘れてたお詫びに、その、俺を……食べてくれる?」
──リボンはついてないけど。
スカイアイは俺の提案に意表をつかれたらしい。しばらく唖然とした後、息を吐き「よろこんで」と笑った。