スイート・パンケーキ

まばゆい朝の日差しが差し込むキッチンで、メビウス1は覚悟を決めてエプロンを身につけた。
(パンケーキなら何度も作ったことがあるから大丈夫……なはず)
ごくりと唾を飲み込み、手順を頭に思い浮かべた。

手の中にすっぽり収まる卵を銀色のボールのふちに当てる。コンコンと軽快な音を立てて華麗に割るつもりだった。しかし、何をどう間違えたのか、ぐしゃりと嫌な音をさせて歪につぶれた卵の中身がボールに落ち、白身が少しだけはみ出して溢れた。
「あ……」
一片の卵の殻がボールの中の白身に混じってしまった。菜箸で取り除こうと試みるが、トロトロの白身の中で卵の殻があっちへつるり、こっちへつるりと、メビウス1をからかうように逃げた。
(あああ)
焦れば焦るほどうまくつかまえられない。脇から変な汗がにじみ出た。
隣で押し殺した笑い声が聞こえ、恐々とメビウス1は横をうかがった。淹れたての香ばしいコーヒーを片手に、シワのない白いシャツを着こなしたスカイアイがシンクにもたれてこちらを眺めていた。目が合うと、彼は微笑んでウインクをよこした。
(うぅ……失敗した。恥ずかしい……)
もたもたと、どうにか殻を取り除く。
何が楽しいのか、スカイアイは料理をするメビウス1をいつも眺めていた。そしてメビウス1はスカイアイにいいところを見せようと変に力んでしまい、なにかと失敗するのが常だった。全て自意識の問題だ。
(もしかして、俺が失敗するのを見たいんじゃないよな)
少々自虐的なことを考えながら、次の行程に取りかかった。
ボールの中に砂糖とミルクを入れて混ぜる。混ぜるだけだから失敗のしようもない。ほっと息を吐く。薄力粉とベーキングパウダーを入れ、さっくりと混ぜ合わせる。
熱したフライパンを一瞬、濡れた布巾の上で冷ました後、生地を流し込んで焼く。焦がさないように弱火でじっくり。
生地の表面にポツポツと現れる気泡で、焼き加減をじっと見ていた。スカイアイの存在を忘れるほど真剣に。
「いい匂いだな」と耳元で低い声がして、猫のように飛び上がった。
「スカイアイ……!」
いつの間にか背後にいたスカイアイが、腰に腕を回してぴったり体を寄せてきていた。密着した感触に、彼の体の熱と弾力を思い出し、頬が熱くなった。
スカイアイとは一週間前に一線を越えたばかりだった。それからも何度か抱き合い、この程度で恥じらうのも今さらなのだが、それはそれ。今は爽やかな日差しが降り注ぐ朝で、なるべく夜のことは頭の中から追い出していないと、恥ずかしくて一緒にいることなどできはしない。だからこうして意識していないふりを装っている時に、恋人の距離をとられるとどうしたらいいのかわからなくなる。メビウス1の葛藤も、スカイアイには全てお見通しなのかもしれないが。
この距離に、まだ慣れない。
背後に感じる熱に意識を奪われた。
「そろそろひっくり返した方がいいんじゃないか」
スカイアイの言葉にハッとしたメビウス1は、慌ててパンケーキを裏返した。パンケーキはキツネ色を通り越してタヌキ色になっている。
(危なかった……)
もう少し時間が経っていたら、焦がして失敗するところだった。パンケーキは独り暮らしをしていたときにさんざん作って、それなりに自信があった。でも、スカイアイに見つめられているとダメだった。普段の自分じゃなくなる。
「い、いつもは、もっとちゃんと作れるんだよ、本当に……」
みっともないと思いながら言い訳が止まらない。
自分ができるのは料理だけだった。一緒に暮らすにあたり、掃除も洗濯もスカイアイに任せきりだから、料理くらいはちゃんとこなしたかった。
「ん?ちゃんと作れているじゃないか。美味しそうだよ」
背後から抱き締められる。
「うん……、ありがとう」
「……俺に見られていると作りにくいか?」
スカイアイが遠慮がちに聞いた。
「そんなことない」
腕の中で、強く首をふって否定する。彼の指摘したとおり、見られながらだと緊張するし、やりづらさがあった。けれど、それをスカイアイに悟られたくない。もう見ないと言われたら、きっと寂しく感じるだろうから。
スカイアイに見つめられるのは嫌じゃない。彼の瞳はいつも温かく、甘く、ふわふわなパンケーキを思わせる。体を包みこむ腕にメビウス1は、パンケーキの熱でとろけるバターの気持ちになるのだった。

熱いフライパンの中で、二人の視線を受けたパンケーキがゆっくりと膨らむ。立ち上る甘い香りの中に、ほのかにコーヒーの渋みが混じった。

『ほのぼのな二人の甘い日々』より
スカメビの場合:キッチンに並んで立ってだんだん焼けるホットケーキを一緒に待つ間、笑っちゃうくらい愛しく思いました。