ある朝の風景

0845
リビングのカーテンを開けると眩しい光が目を焼く。緑の庭には鳥たちが集まり、せわしなく動き回っている。メビウス1が庭に鳥の餌台を設置したためだ。それをしばらく眺めた後、シャワーを浴び、髭を剃る。

0918
コーヒーの香りがキッチンに充満する。インスタントのコーヒーを淹れることもあるが、時間に余裕があれば、豆から挽いて淹れる。テレビでニュースを流しながら、新聞を読む。朝のルーティーンだ。
彼はまだ寝室で寝ている。今日は俺の方が先に目が覚めたので、朝食の用意をしなければならない。といっても料理の才能をどこかに落としてしまった俺に出来ることといえば、トーストを焼くくらいしかないのだが、それに彼が文句をつけたことは一度もない。
メビウス1は意外にも(というのは失礼だが)料理が出来る。両親を亡くして、一人で生活してきた中で身に付けたらしい。が、俺が同じ状況でも料理をしようとは思わなかっただろう。適性の問題だ。俺が料理をするのが苦手だと知ったときの彼の嬉しそうな顔といったら――。普段は無表情な彼の、満面の笑みをこんなことで見るとは思わなかった。そんなに俺に苦手なことがあるのが嬉しいのかと問えば、「スカイアイのために自分にも出来ることがあって嬉しい」と返ってきて、撃沈した。
彼が俺より早く起きた日は、それなりに豪華な朝食が並ぶ。彼の手料理を味わうことは俺にとって至福の一時だ。だからといって、わざと彼より遅く起きるのはフェアでない。
トーストだけではあまりにも寂しい。サラダを作ろうと冷蔵庫からレタスを取り出す。その背後からひたひたと裸足の足音が近付いてきた。
「おはよう、スカイアイ」
メビウス1が起きてきたようだ。起き抜けの舌足らずの発音が愛らしい。挨拶を返そうと振り向き、彼の姿を見て固まった。
素肌の上に羽織っただけの白いシャツ。小柄な彼には大きすぎるそのシャツは俺のものだ。袖が余り、大きく開いた胸元は白い。大きいシャツとはいえ、体を隠すのには限界がある。シャツの下には何も履いていないため、際どいラインで保たれている裾から覗く太ももに目が釘付けになる。
清浄な朝の空気が、淫靡なものに変わった気がするのは俺だけなのだろう。思わず頭を抱えた俺に、メビウス1は不思議そうな顔をする。
「どうしたのスカイアイ?」
「その格好は……」
「あ、ごめん、ちょっと借りた。すぐシャワー浴びてくるから」
そう言ってバスルームへ向かうメビウス1の白い足を見送る。彼の姿が見えなくなってほっとする。まったく、なんという視界の暴力か。
彼は他人にどう見られているかということについて、あまりにも無頓着で、俺はいつもそれに振り回されている。そんなところも彼の魅力の一つではあるのだが。

0943
トーストとサラダをテーブルに並べ、インスタントのスープも温めた頃、丁度よくメビウス1がバスルームから戻ってきた。Tシャツにジーンズというラフな格好ではあるが、彼自身の服を身につけていてほっとする。まだ髪がしっとりと濡れていて、水滴が朝日を弾いて眩しい。
先ほど驚きすぎて朝の挨拶をするのを忘れていた。腰を引き寄せて右の頬にキスをする。彼も少し背伸びをするように俺の頬にくちづける。最近ようやく恥ずかしがらずにキスを返してくれるようになった。
彼が席につき、真向かいに俺も座る。メビウス1が両手を合わせて、彼の国の言葉で一言呟く。食事前の彼の習慣だ。信心深いのかと思いきや、神に対する感謝ではなく、作ってくれた人や食材に対する感謝なのだという。彼の国の文化風習は新鮮で興味深い。
彼はトーストを二枚重ねて、間にチーズを挟んだそれを、大きな口を開けて頬張る。小柄なくせに彼はよく食べる。最初は驚いたが今ではその旺盛な食欲にも慣れた。軍の食堂でもよく一緒に食事をした。表情はあまり変わらないが、食事をしているときはどこか幸せそうで、それを眺めるのが好きだった。もちろん今も。

リビングの外はすでに太陽が高く登り、眩しい日差しが床を白く照らしている。庭にいた鳥たちが一斉に羽ばたく。今日のようによく晴れた日に空を飛ぶのは、さぞかし気持ちのいいことだろう。
「さあ、今日は何をしようか、メビウス1」