夏祭り

提灯のともる屋台が並んでいる。温かみのある光に誘われて集まる人の流れ。色とりどりの浴衣がひるがえる様は楽しげでありながら、どこか妖しく美しかった。
「美味しそうな匂いがするね」
スカイアイのとなりでメビウス1が鼻をスンスンさせる。人間の三大欲求に忠実な発言だ。確かにさっきからソースの焦げた匂いが漂ってきて、腹が鳴る。
「なにか食べるか」
頭ひとつ分は低いメビウス1を見下ろした。衿の隙間から覗くうなじに胸がざわめく。彼は深海を思わせる群青色の、涼しげな浴衣を着ていた。濃い色は白い肌と白い髪を浮かび上がらせる。つまりは、彼によく似合っていた。浴衣というものはゆったりしているくせに腰の辺りはぴったりしているし、手首や足首などの細さを強調するデザインをしている。スカイアイは別の腹が空く気がしたが、今は深く考えないようにした。
メビウス1は歩きながら食べられるフランクフルトをまずは買い、頬張る。スカイアイには焼き鳥を買う任務を与え、自分は焼きそばとたこ焼きを手にするべく並んだ。
メビウス1を待つ間にビールを買って先に飲み始めた。戻ったメビウス1は両手に花、ならぬ大量の食べ物を両手に持ってニコニコと満足顔だ。
たこ焼きを、時々熱がりながらリスのように頬張るメビウス1を眺めて飲むビールはうまかった。大量の料理はひとつ残らず彼の胃袋の中に消えた。
腹を満たしたその後、金魚すくいを初めて見たスカイアイは、メビウス1にやり方を教わりながらやってみたが惨敗し、射的をして面目を保った。
頭上がパッと一瞬、明るくなった。少し遅れて体を響かせる大きくて重い音。
「あ、花火」
メビウス1が空を見上げて呟く。
かき氷を買いに並んでいたら、メインイベントが始まってしまった。
「行こう、スカイアイ」
赤いシロップのかかったかき氷を片手に、メビウス1がスカイアイの浴衣の袖を引く。そのしぐさが子供のようで微笑ましい。袖を引く手をとって繋いでやると、メビウス1の頬が夜目にも赤く色づいたのがわかった。しばらくそうして繋いでいたが「片手が塞がると、かき氷が食べられない」などと言われて手を離した。スカイアイは、かき氷に敗北した。
花火のよく見える場所は人も多い。遅れてきたスカイアイとメビウス1は、集まった人々の後方に並んで空を見上げた。大きな菊の花のような花火。キラキラと輝く光の粒が燃え尽き、消える。花火は派手で迫力もあるというのに、どこかしみじみとした切なさを感じさせる。
メビウス1は、かき氷の山をストローの先端で崩して、シロップと溶けた氷でシャバシャバになったそれを、ストローで吸い上げていた。花火の光がフラッシュのようにメビウス1の一連のしぐさを映し出す。
見つめる視線に気づいたメビウス1がこちらを見上げた。
「スカイアイも食べる……?」
かき氷の甘いシロップのついた唇を、赤い、真紅の舌がペロリと舐めとった。その光景に、浴衣姿の彼を見たときから続く飢えを、強烈に意識した。
メビウス1の手を引いて人混みを離れる。人気のない暗い木々の間に連れ込み、蜜で濡れた唇を奪った。
「ン……ッ」
突然のことに驚く彼の小さな体を、自分の体で隠すように抱き込んだ。比喩ではなく甘い口内。シロップの味がしなくなるまで舐めてやった。驚いて硬直していた彼の体から力が抜けていく。彼の手からかき氷の容器が滑り落ちてパシャっと音がした。土に染み込む氷水。力の抜けた彼の手がスカイアイの背中に回された。薄い浴衣越しに感じる温かさ。
「っ……な、なんで……?」
唇を離すと、乱れた息のままメビウス1は、しごく当然の質問をしてきた。
――夏は人を開放的な気分にさせる?
――君の浴衣姿が魅力的だったから?
どちらも正解だが口に出すのは野暮な気がした。
大きな爆発がして二人は昼間に劣らぬ明るさに包まれた。辺りが暗闇に戻っても、スカイアイの目にはメビウス1の瞳に映る光の欠片が焼き付いたままだった。