きっと憧れのあの人と

「よお、お疲れ!」
食堂で今日の昼食をのせたプレートを両手に持ちながら、どこに座ろうかと迷っていたら声をかけられた。手を上げて呼んでくれたのはオメガ1だ。
「お疲れ様です。隣、いいですか?」
「ああ、いいぜ。座れよ」
オメガ1と古参のパイロットたちが昼食をとっている。空いていた彼の右隣を示され、そこに座った。メビウス1捜索の一件以来、オメガ1には顔を覚えられ、声をかけ合う仲になった。パイロットに憧れる俺としては、彼らとお近づきになれるのは嬉しい。
それに、少し不純な動機もある。
他愛ない世間話をオメガ1たちとしながら、長いテーブルの端を見やる。
ガラス窓から空が見える隅の席に、その人はいた。白っぽい髪が日差しを受けてキラキラと輝いている。
──メビウス1だ。
俺はまだ、彼との会話を諦めていなかった。彼に会うには、食堂で食事をするタイミングを狙うしかない。
メビウス1の隣にはスカイアイが並んで座り、食事をしていた。
戦時中、スカイアイはメビウス1の管制官として、または友人として、ずっと彼を支え続けたと聞いている。スカイアイにはメビウス1に会える後一歩というところで阻まれた苦い思いもあるが、二人の関係性には憧れを抱いていた。
戦友──いい響きだ。
自分にもいつか支え合う戦友ができるかなと、自己陶酔していたときだった。
メビウス1が大きな口を開けて、フォークにたっぷりと巻き付けたミートスパゲティを美味そうに頬張り、飲み下す。スカイアイが「ついている」とメビウス1の口の端についた赤いミートソースを人差し指でぬぐった。メビウス1が「あ」と小さく呟く隙に、スカイアイは指についたソースをちらりと覗かせた赤い舌で舐めとった。
衝撃に、俺は口が開きっぱなしなのにも気付かず、食べるのも忘れた。
──戦友?戦友が口の端についた汚れをぬぐったり、あまつさえそれを舐めたりするか?
男同士で。
いや、ない、絶対ない。
とんでもないものを発見した気分で背筋に汗が流れた。俺は隣に座るオメガ1を、さらに古参メンバー全員を見た。
頬を赤くしながら黙々とスパゲティの続きを頬張るメビウス1と、それを暖かい眼差しで見守るスカイアイを、皆が見ている。つまり、ここにいる全員がさっきの光景を目撃したはずだ。それなのに場の空気が止まったのは一瞬だけで、何事もなかったかのように皆が食事を続け、談笑しだした。
──え?今の、皆見てたよな?
自分だけが幻を見たように、誰も何も言わない。強烈な違和感を抱き、一人キョロキョロしていた俺に気づいたオメガ1が、身を寄せて囁いた。
「あの二人はいつもああだからな」
「え……、いつも……?」
恐ろしい言葉を聞いた。
「ああ。お前も覚悟しとけよ」
大丈夫、そのうち嫌でも耐性ができるさ、とオメガ1は肩をすくめた。
メビウス1とスカイアイの間にピンク色の空気が漂っている気がする。
皆が何も言わないのは、気を使っているのか、呆れているのか。
スカイアイは、メビウス1に対する想いを全く隠そうとはしていなかった。見せられる方としては、居たたまれないから少しは隠してくれと言いたい。慣れるくらいに見せつけられている古参メンバーには哀れみすら湧いてくる。
ふと、スカイアイの部屋を訪ねたときを思い出した。もしかして、俺はとんでもない場面に押し入ってしまったのではないだろうか。今になってことの重大さに気づき、汗が吹き出る。けれども、これで色々と疑問に思っていた謎が解けた。
あの一件で、彼に悪い心証を与えていないといいが。俺の目的にとって最大の障壁となるのは、きっとスカイアイなのだろうから。