北十字に捧ぐ

「こんなところにいたのか、メビウス1」
そう言う声が聞こえて振り向くと、すらりとした長身をグレーのコートに包んだスカイアイがこちらに歩いてくるところだった。
「どこにもいないから、心配したぞ。誰に聞いても行き先がわからなかったからな」
「あ……ごめんなさい」
もうすぐクリスマスということで、お祭り好きなメンバーがクリスマスパーティーをしたいと言い出した。
たまたま次の作戦まで日にちにも余裕があったため許可が下りたのだ。
たまにはこういう催し物でもしないと、戦ばかりで気が滅入るのは理解できる。
パーティーの喧騒と、俺に酒を飲ませようとする手から早く逃げ出したくて、誰にも告げず出てきてしまったから心配させたらしい。
「いや、君はああいう騒がしいのは苦手だろう?無理もないさ」
スカイアイは笑って許してくれる。酒を飲んできたせいか、少し顔が赤い。
「スカイアイは好きでしょう?ああいうの」
「嫌いじゃないよ。楽しく飲むのはね」
そう言ってウインクする。キザな仕草だが彼がすると不思議と嫌みがなく自然だ。
「屋上で何をしていたんだ?」
「……星を見てた」
夜空を見上げれば、北西の方角に十字を描く星の連なりが見える。
「ああ……。今日は空気が澄んでいて星が美しいな。あれは、北十字星か。クリスマスに見るにはふさわしい」
「うん……」
星を眺めるスカイアイの眼差しに影がさす。
「前回の作戦でも多くの仲間を失ったな……。彼らの魂が、今は空の上で安らかであることを祈るしかない」
深く息を吐き、星に祈りを捧げる彼を見る。
スカイアイは今回の作戦だけでなく、きっとこれまで沢山の味方が死ぬところを見てきた。
レーダー上で味方の反応が消失するのをどんな思いで見ているのだろう。
俺がもし死んでも、あなたの心に何かを残すことが出来るだろうか……。
「メビウス1、どうした?」
スカイアイの声にはっとした。考え込んで彼の顔を凝視していたらしい。スカイアイが首を傾げてこちらを見ている。
「あ、……ごめんなさい」
「いや、謝ることはないが……」
スカイアイが物言いたげに言葉を濁す。彼にしては珍しい逡巡。
「君の、それはクセなのか?」
「え?」
「時々俺の顔をじっと見るだろう?シャイで人の目を見て話すのが苦手なのに、俺の目はこちらが呆れるくらい見てくる」
「あ……」
指摘されて、自分がそれほど彼の事を見ていたと気付かされた。その行為があまりに不躾で、無遠慮だったとも。羞恥で顔が熱くなった。
「ご、ごめんなさい。悪気はなかったんだ」
必死に首を振った。
「ああメビウス1、そんなにかしこまらないでくれ。責めているわけじゃないんだ。ただ、理由が気になってね」
「……あなたの瞳が綺麗だから、つい見てしまうんだ」
「俺の瞳が?」
「うん。深い青色で、とても綺麗」
初めて会ったときから感じていたことを素直に伝えると、スカイアイは少し照れた様子で目をそらした。
「……そうか、ありがとう。だが俺には、君の瞳の方が美しいと思えるが」
信じられない言葉を聞いて、またしても必死に首を振る。
「そ、そんなこと、ない」
「いや、俺は好きだよ。君の薄いブルーグレーの瞳が」
そう言ってスカイアイは俺の方へ近寄り、長身を下げて俺の目を覗きこむ。俺も必然的に彼を見上げる形になる。距離の近さに驚く。かつて見たことのないほど間近にある青い瞳。光が反射して輝いている。己の鼓動がやけに大きく聞こえる。目の前でスカイアイの唇が動き、白い吐息が触れそうな近さで語りかける。
「……メビウス1、あまり俺の瞳を覗きこんではいけない」
真剣な眼差しに、俺は金縛りにあった様に言葉を発することができない。
何故スカイアイの瞳を見てはいけないのか、そう問いたかった。
けれど、スカイアイは屈んでいた顔を元の位置に戻すと、いつもの彼の和やかな気配に戻して、帰ろうと言った。
「体が冷えただろう?」
釈然としないまま、歩くスカイアイの背中を追いかけるしかなかった。

少し時は戻り、パーティーの席で―

聞き覚えのある歌を聞きながら、スカイアイは先ほどからこの場にいないメビウス1の姿を目線だけで探していた。
「なぁ、スカイアイ」
隣にオメガ1がするりと寄ってきて陣取った。少しニヤけながら何かを言いたげな彼に目で続きを促す。
「……メビウス1とはどこまでいったんだ?」
「ど……っ」
飲んでいた酒を吹き出しそうになった。藪から棒に何を言い出すのかと、非難めいた視線を向ける。
「どこまでとは?」
「とぼけるなよ。あんたがあいつのことを好きなのは知ってる」
オメガ1は確信を持った顔で言う。
「見ていればわかるさ。だってあんた、隠す気ないだろ」
「……まぁな」
確かに俺には彼への気持ちを隠したり、誤魔化したりする気はなかった。かといって吹聴してまわる気もなかったが。
「告白したのか?」
「いや」
「何故だ?メビウス1もあんたのことは憎からず想っていると思ってたんだが」
オメガ1は体格も良く厳つい顔をしているわりには繊細で、人の心の機微に聡い。世話好きな面もあり、そういう所が隊をまとめるのに一役かっていた。
「そうだな」
「わかっているならなんで……」
オメガ1はさも不思議そうな顔で首を振る。
俺はしばらく、この場にいない彼に想いを馳せた。
「彼はまだ幼い。おそらく自分の感情が何なのか理解していないだろう。……いや、理解することを拒んでいるのかな」
「拒む?」
「ああ、今の彼は自分に与えられた責任を果たすことでいっぱいいっぱいなんだ。精神的に不安定でね。そんな時に恋だの愛だの言っている隙はないだろう」
そう言うと、心当たりがあるのか、オメガ1は腕を組み考え込んだ。
「ふーむ。なるほどね。……じゃああんたはこのまま何もせず見守ってると言うのか?ずいぶん余裕なんだな」
「そんなわけないだろう。日々忍耐力を試されているよ」
オメガ1に苦笑して返す。
「だったらさっさと自分のものにしちまえよ。俺たちはいつ死ぬかわからないんだ。後悔してからじゃ遅いんだぜ」
オメガ1はそう言い残して立ち去ってゆく。

オメガ1の言いたい事は良くわかる。日々この気持ちは膨れ上がり、自分自身にも制御が難しくなっている。彼に自覚がないことが幸いして、これ以上進めないでいるが。
命が安い世の中で、彼が明日も生きている保証はない。想いを告げなければきっと後悔するだろう。けれど俺はその後悔をずっと持ち続けていたい。

君が生きていた証として。