ヒーロー・インタビュー

石畳の敷かれた広場。
ハイヒールを高らかに鳴らした女性が横切る。何気なく目で追うと、女性はメビウス1の前を通りすぎて、近くにいた若い男に声をかけた。
「ごめん、待った?」
「いや、いま来たとこだよ」
待ち合わせの定型文とも言えるやり取りが聞こえてくる。二人はしばらく話した後、にこやかに歩き出した。女性が男の腕に腕をからめる。どうやらデートのようだ。
メビウス1は、自分には無縁だったデートという単語に胸が騒いだ。なぜなら、メビウス1もここで人を――スカイアイを、待っていたからだ。
思えば、今までスカイアイと街中で待ち合わせをしたことはなかった。今回は、スカイアイの用事を終わらせた後に食事でもするかと誘われて、この石畳の広場で待ち合わせをした。
一緒に食事に行くだけ。ただそれだけだと言い聞かせ、けれどもメビウス1は頭の中からデートの三文字を消すことができないでいる。
“一緒に食事”なら、いつも兵舎の食堂でしているというのに、場所が変わるだけで、なぜこんなにも落ち着かない気分になるのだろうか。
スカイアイに初めて会ったときからずっと好意は持っていたが、それがどういう種類の気持ちなのかは深く考えてこなかった。自分の気持ちが、もしかしたら恋なのではないかと気づいたのは、最近になってからだ。だからといって、スカイアイとどうこうなろうなんて大それたことは考えていない。ただ側にいられれば、それでよかった。
(スカイアイ、遅いな……)
すでに待ち合わせ時刻から五分ばかり経っている。まだ遅刻というほどの時間ではないけれど、この五分の間に時計の針を何度も見て、喜び、不安、緊張、期待――さまざまな感情が一秒ごとに沸き上がるのを感じた。
何かトラブルでもあったのだろうか。事故にあったとか、体調が悪くなったとか。脳裏に悪い想像が浮かんだ。
スカイアイは時間をきっちり守るタイプだったから、なおさら不安になった。遅れるなら連絡をしてきそうなものだ。
(やっぱり俺と食事に行くのが嫌になったとか……)
そんなことはありえないと即座に否定した。スカイアイは約束を守るし、薄情な人でもない。ありえないと思いながら、それでも不安なのは自分の根暗な性格のせいだろう。とりあえず悪い予想をしておかないと安心できないのだ。いざ悪いことが起こった時に、一番最悪の状態を考えておけば、何が起きても最悪よりはずっとショックが少ない。メビウス1はそんな風に考えてこれまで生きてきた。自分のネガティブ思考にはうんざりするが、それが自分を守る術だった。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
声をかけられて振り向くと、三十代くらいの男がいた。首に紐を通したボードを下げて、手にはボールペンを持っている。
「街頭調査を行っておりまして、……今、お時間よろしいでしょうか?」
「え、いや、あの」
「見たところ、どなたかと待ち合わせでしょうか?その間でかまいません。お時間はとりませんから」
「うっ」
面倒だと思ったものの、断る明確な理由もない。はっきり嫌だと言えないのは自分の悪いくせだ。男も男で、明らかに迷惑そうにされても、押しに弱そうな相手にはたたみかけて断る隙を見せないあたり、かなり手慣れている。
「えー、それではまず、今回、政府が国防費を昨年より4%増やすと発表しましたが、あなたはこれについてどう思いますか?」
「えーっと……」
現役の軍人が、こんな調査に答えていいのだろうか。しかし、この男には自分が軍人だなんて思いもよらないだろうからかまわないか。
メビウス1は面倒くさくなり、適当に答えることにした。
「仕方ないんじゃないでしょうか」
「そうですか、では次に――」
男はボードに挟んだ用紙に、サラサラとボールペンを走らせた。次から次へと、現在の政治と軍に関する質問が降ってくる。
「では、あなたはストーンヘンジを破壊したリボンのエンブレムの戦闘機の存在を知っていますか?」
「……!」
まさか、そんなことを聞かれるとは思わなかった。毎日鏡で見ています、などと答えるわけにもいかない。では、どう答えるのが正解か。「知っている」と答えると、どうせその戦闘機について詳しく聞かれるに決まっているし、「知らない」と言うのもあまりに嘘くさい。なぜなら、“リボンのエンブレムの付いた戦闘機がストーンヘンジを破壊した”と、新聞の一面に載ってしまっていたからだ。知らない人の方が少ない。
「し、知って、ます」
こういうとき、さらりと嘘がつけるような要領のよい人間になりたかった、とメビウス1は思う。
「あなたはその、リボンのエンブレムの戦闘機についてどう思われましたか?」
「え……!?」
メビウス1は、どんどん自分をのっぴきならない状況に追い込んでいる気がした。半分は自業自得なのだが。
はなはだ不本意ながら、メディアでは英雄扱いされているし、普通の人なら「感謝しています」とか言うのかもしれない。わかっていても、自分で自分を誉めるなんてメビウス1には拷問に等しかった。かといって「大したことないですよ」なんて言ったら変な人になってしまう。メビウス1は焦った。
(スカイアイ、早くきてくれ……!)
そんな心の叫びが届いたのか、遠くから見覚えのある長身が走ってくるのが見えた。メビウス1にはスカイアイが天からの助け、神か仏に見えた。
「あ、待ち合わせをしていた方が、いらっしゃったようですね」
スカイアイは爽やかなブルーのシャツにジャケットの出で立ちで、走って乱れた息を少し調えながらやってきた。
「遅れてすまん、メ……、いや。待ったか?」
「うん、ちょっとだけね」
スカイアイはちらりと横目で男の姿を見て、呼び慣れたコールサインを封印したらしい。
「こちらは?」
スカイアイが聞いた。
「あ、えっと……」
「街頭調査にご協力いただいていました。……すみません、さっきの質問で最後にしますので、これだけ答えていただけますか?」
スカイアイが来たから解放されると思ったのに、男はしつこかった。若干、涙目になっていると、スカイアイが「質問って?」と、助け船を出してくれた。あなたでもかまいませんと言い、男はスカイアイに向き直る。
「あなたはリボンのエンブレムの戦闘機をご存じですか?」
「……ああ、なるほど」
メビウス1が涙目になっている理由を察したらしい。さぞ滑稽に見えただろう。スカイアイは小さく笑みを漏らした。
「知っている」
「では、あなたはそのリボンのエンブレムの戦闘機を、どう思いましたか?」
メビウス1の心臓が跳ねた。
スカイアイはいつも一緒に仕事をしている自分のことを、何と答えるのだろうか。
思わずスカイアイの顔を見上げると、スカイアイもこちらを見ていて、バチッと目が合う。内心の浅ましい期待を見透かされたような気がして恥ずかしい。
でも、気になる……とても……。
スカイアイはメビウス1を優しい春の青空の瞳で見返して、口を開いた。
「彼は、俺にとって特別な存在で……とても、尊敬している」
――絶句した。
スカイアイは言葉で人を殺せるんじゃないだろうか。
頭に血が上ってくらくらする。
「えっ、まさか、リボンの戦闘機のパイロットを知っているんですか?軍関係の方ですか?」
「これ以上はプライバシーだ。答えられない」
男とスカイアイはまだ何か話していたけれど、何も耳に入らなかった。スカイアイの言葉が何度も頭の中をリフレインしている。
(特別……特別ってどういう……?)
深読みしたくなるが、きっと、友情とか戦友とか、そういう意味なのだと思う。それでも、嬉しかった。過分な言葉だ。スカイアイを待っていた間のネガティブな考えはどこかへ行ってしまった。足元がふわふわして、雲の上にいるようだ。
気がつけば男はいなくなっていて、メビウス1はスカイアイに背をうながされて歩いていた。
「待たせて悪かった」
「う、ううん。全然」
「お詫びに、なんでも好きなものをおごるよ」
「えっ、ほんと?」
つい、期待を込めて見上げてしまった。
スカイアイが噴き出す。
「やっぱり、君を釣るには食い気が一番だな」
なんだか馬鹿にされた気がして、それってどういう意味と聞いたけれど、スカイアイは笑って答えなかった。