「必ず生きて戻ってきてくれ」
俺の言葉に彼は静かにうなずいた。
この言葉自体に嘘偽りはない。けれども、そこに含まれる俺のほの暗い想いを彼は知らないだろう。
エルジアの首都ファーバンティで、黄色の13と決着をつけることになる。
メビウス1が死ぬか、黄色の13が死ぬか。
たとえ殺されたとしても、彼は恨みはすまい。メビウス1は昔から“空で死にたい”と口ずさんでいた。
彼にとって空は愛すべきもので。ただひとつの憧れ。
愛するものの腕の中で息絶える。誰もが夢見る理想的な死に方だろう。
メビウス1は俺の青い目が好きだ。シャイな彼は口にこそ出さないが、俺を見つめる瞳が静かに物語っている。彼が俺の目を恋しそうに見つめる度、俺の心は浮き立ち、喜びに包まれた。
しかしあるとき、俺は自分の愚かさに気づいた。メビウス1は俺の瞳の向こう側に、空の青さを見ていたのだと……。
彼は空を愛し、また空にも愛されている。大いなるギフトを与えられて。
彼が空で死にたいと漏らすたびに、俺には何も遺さない気なのかと恨めしく思った。空で死ねば肉体は粉々に砕け散り、跡形もない。せめて髪の一房、肉の一欠片でも俺の元に遺して逝ってくれないか。それが脱け殻でもかまわないから。
――いいや、欺瞞だ。
彼が死ぬところなど本当は想像もしたくない。彼を失った時の為に、心に予防線を張っておきたいだけだ。
何を犠牲にしても、血みどろになってでも、俺の元に帰ってきてほしい。
彼の強さを信じながら、喪失に怯える俺より、彼の方がよほど強い心を持っている。
戦場に向かう青灰の瞳は静かな湖面のように澄んでいて、これが為す者と為さぬ者の違いかと思い知らされる。
凡人でしかない俺は、彼が翼の生えた神話にならぬよう祈るしかないのだ。