ケチャップとマスタード 1.5

最近、スカイアイがよくホットドッグを買ってくる。

家の近所にある大きな公園は、中央に池があり、周囲には木がたくさん植わっていて林みたいになっている。外周をランニングできるように舗装された、その公園の前にホットドッグ屋はあるらしい。
「おいしかったから、君にもおみやげ」といって渡されたホットドッグは、確かにうまかった。
メビウス1がおいしいと同意すると、スカイアイは満足げに笑った。
「ホットドッグもおいしいんだけどね、そこの店員さんが明るくて感じがよかったんだ。彼女の笑顔を見ると元気がもらえる感じがするから、彼女目当てにあの店に通う人もいるんじゃないかなぁ」
何がそんなに楽しいのか、にこやかに話すスカイアイに、メビウス1は適当に相づちを打った。

後日、スカイアイと一緒に散歩に出たついでにその店に寄った。
女性の店員さんはスカイアイの言った通り、明るくて気さくで、笑顔が素敵だった。接客も丁寧で感じがいい。
店員さんはスカイアイと世間話に花を咲かせている。そこへ割って入ろうなんて思わない。喋るのが苦手なメビウス1は、二人の会話の邪魔にならないように気配を消した。
いいんだ。こんなことには慣れている。

注文をして、公園の空いているベンチに座って二人でホットドッグを食べはじめた。
見た目はなんの変哲もないごく普通のホットドッグだけれど、パンは焼きたてのようにふかふかで、ソーセージは香ばしく、ぷりっとしていた。ケチャップソースの甘酸っぱさの中に粗びきマスタードのピリ辛が丁度よいアクセントになっている。
自分の複雑な内心とは裏腹に、ホットドッグのうまさに満たされてしまう。
「おいしいか?」
「うん」
「彼女、いい感じだっただろう?」
スカイアイが自慢するみたいに言う。
「…………ん」
うつむいて言い淀んだ。
店員さんがいい感じだったのは否定しない。けど、なんだろう。この、素直に「うん」と言えない感じは――なんだかモヤモヤする。
そんなメビウス1を不審に思ったのか、スカイアイが首をかしげて顔を覗きこんできた。
「どうかしたか」
「……スカイアイは、」
「うん?」
「スカイアイは、ああいう子が……好みなの?」
なるべく軽く尋ねたつもりだった。何気ない会話、ふと思いついた質問に聞こえるように。
スカイアイは青い目を開いて驚いた顔をした。いつもはすぐに切り返してくる彼が、数秒間黙ったまま何て言って返そうか考えている。その時点でメビウス1は失敗を悟った。
「もしかして、やきもちか?」
「ち、違う……!」
カッと頬に血がのぼる。
ブンブンと頭を横に振ったけれど、こんなに焦っていてはスカイアイには肯定したも同然に見えたかもしれない。
だけど違うのだ。彼女に嫉妬しているわけじゃない。
店員さんはメビウス1からみても素敵な女性だし、スカイアイが気に入るのも不思議はなかった。ああいう朗らかな子が好みなのかもしれない。でも、だとしたらなぜ俺を好きになったりしたんだろうと思うのだ。
メビウス1ははっきりいって、彼女とは正反対の性格だった。無口で、ネガティブ思考で、暗い。そんな人間のどこに惹かれたのか、ずっとずっと知りたいと思っていた。
でも聞けなかった。
だって「どこが好きか」なんて、とてつもなく傲慢な問いだ。自分が愛される存在なのだという自信が根底になければできない質問だ。だから聞けなかったのだ――これまでは。
一緒に暮らすようになって、日々の生活の中でスカイアイに大切にされていると実感するようになった。愛を伝えるキスやハグだけじゃなく、話す声や仕草、些細な態度にスカイアイの気持ちの大きさを感じている。それが嬉しくて、幸せで……。
ネガティブな自分だけど、さすがにスカイアイに愛されていることについて今さら疑いは持っていなかった。だからこそ純粋に疑問なのだ。
訊いてもいいだろうか。勇気を出して――。
いい匂いに誘われたのか、ハトが目の前をうろちょろしている。食べないのなら手に持ったそれをちょうだいとばかりにこちらを見ているが、そんなことを気にする余裕はない。
メビウス1はホットドッグの上にかかったケチャップとマスタードをじっと睨みながら重い口を開いた。
「ス、スカイアイは、俺のどこが……好き、なの?」
――ついに、言ってやった、と内心でガッツポーズを取る。ずっと胸につかえていた疑問を口にできて、どこかスッキリした。
しかし、同時にとんでもないことを聞いてしまったとも思う。
心臓がドクドクいってうるさい。
「ふむ、君のどこが好き、――か」
メビウス1の葛藤など知らず、スカイアイは顎に手をやって撫でながら「改めて言われると難しいな」とのんびり呟いた。
達成感は一瞬で消え失せて、変なことを聞いてしまった後悔が押し寄せてきた。
「最初は、君の飛行が美しかったからだ」
スカイアイが空を見上げたから、メビウス1もつられて空を見た。午後の空はところどころに白い雲が浮かんで、なんだかのどかな雰囲気だ。
あの戦場とは違って。
「気になって、気がつけば君ばかり目で追っていたよ。それが恋愛感情からくるものだと気づくのは、そう遅くはなかった。俺の恋愛対象はずっと女性だったんだ。だから最初は戸惑って、君のどこが好きなのか考えたことがある」
スカイアイは空を見上げながらメビウス1の好きなところをつらつらと上げだした。
「華奢な見た目と、見た目に反して強いところだとか。すぐに死にたがって放っておけないところとか。鈍感で、気が弱そうでいて案外豪胆なところだとか――」
全身が燃えるみたいに熱くなる。猛烈に恥ずかしい。
でも、よくよく聞いてみるとあんまり褒めてない。むしろ貶していないか? それのどこが好きなところなんだろう。スカイアイって、やっぱり変なんじゃないだろうか。
「……考えたけど、答えは出なかったな。それら全てが正解で、でもそれだけじゃないんだ。自分の好みとか、どうでもよくなるくらいに抗えない引力があるんだよ」
それが恋に落ちるということなのかもな、と軽いウィンクをよこした。
唖然としたメビウス1より先にホットドッグを食べ終わったスカイアイは、包み紙を手の中にくしゃりと握りつぶした。
ふとメビウス1の方を見て、何かに気づいたスカイアイはメビウス1の口の端を指で拭った。その指についたケチャップを見せつけるみたいに舌で舐め取ってから、ペーパーナプキンで指を拭く。
そうするぐらいなら、はじめからペーパーナプキンで口の汚れを拭いてくれればいいのに。メビウス1は内心でツッコミを入れずにはいられなかった。
恥ずかしさを誤魔化すために目の前にあるホットドッグにむしゃぶりついた。

「それで――さっきのはやっぱり、やきもちだったのかな?」
蒸し返されてメビウス1は思わず咳きこんだ。驚いたハト達がバサバサと羽音をたてて青空へと舞い上がった。