4.
運動部の声が遠くからさざ波のように聞こえてくる。どこかのんびりとした気分になる放課後。
目の前の彼は窓の外を見てぼんやりしている。こうして二人きりで勉強しているときに、彼がボーッとするのは珍しい。わずかに口元がゆるんでいる。いったい何を考えているのやら。
俺は彼をゆっくりと観察した。こんな機会はあまりない。いつもは彼の方が俺をじっと見つめてくるからだ。それはもう、こちらが照れるくらい、あからさまに全身で慕ってくる。
大人は時に、純真無垢なものに恐れおののく。
醜いドロドロとした欲望を、その澄んだ瞳に見透かされるんじゃないかと俺は彼を恐れていた。
いつも見る夢――少し成長した彼を抱く夢。
なぜこんな夢を見るのか、自分の倫理観が信じられなくなった。彼にそんな欲望を感じていたわけではなかったはずだ。それなのに何度も見ているうち、あれが自然なことのように刷り込まれていく。いつか、現実の彼を襲ってしまうんじゃないか……。そんな恐怖にさいなまれた。彼と接するのが怖くなった。彼に惹かれる気持ちがないわけじゃないのが、またいっそう怖かったのだ。
俺のそんな不自然な態度は、当然というべきか、彼にも筒抜けだったらしい。彼は自分が嫌われているからだと誤解して俺を責めた。俺の態度が彼をひどく傷つけていたのだと、俺は責められてようやく悟ったのだ。
愚かな話だ。
俺も大人ならば――仮にも教え導く立場ならば、彼が自分自身と向き合ったように、俺も自分の内面と向き合わなくてはならない。
あの夢に、実はずっと引っかかっていることがあった。あの夢の中の彼は、なぜ成長しているのかと。
夢の中の俺は、教え子に似た彼をとても愛しているようだった。それは触れ方でわかる。身体の隅々まで丁寧に愛撫し、羞恥心すら快楽に溶かすように。見ている方が恥ずかしくなるほどの濃密な交わり。絡み合う夢の中の二人は、愛し合う恋人以外の何物でもなかった。
だが、俺はずっと夢の中の彼にどこか違和感をいだいていた。夢の中の大人になった彼と17歳の彼は、確かに同じ人物なのに、なにかが違った。どこがどうと明確に言えるものではなく“雰囲気”としか言えないような漠然としたものだ。夢の中の彼の瞳を覗くとゾクッとするときがある。底が見えない井戸を覗き込んだときのような……果てしない空洞だ。いったい、どんな経験をするとそんな目になるのだろうか。わからないが、それは17歳の無垢な彼には決して持ち得ないものだ。わかるのは、その空洞すら夢の中の俺は愛していたということだけだ。
――そして俺は確信した。夢の中の彼と、現実の彼とは全くの別人だと。同じ人物だが全くの別人なのだ。誰かに話せば「お前はいったい何を言っているんだ」と呆れられそうだが、この問題に関しては自分自身が納得できればそれでいい。
俺は押さえきれない欲望を発散するために、夢の中で17歳の彼を犯していたのではなかったのだ。それがわかって心底安心した。俺はちゃんと俺自身であり、己をコントロールできている。
あいかわらず夢は見るが、もう恐れることはない。
17歳の彼は、自分だけの夢を見つけて邁進している。
以前はどこか覇気がなく、日々をただなんとなく過ごしているだけのようだったが、今はずいぶん顔つきがしっかりしてきた。
夢を追う姿は、すでに大人の階段を登った自分にとって、キラキラ光ってまぶしいくらいだった。
俺の入れたコーヒーをちびちびとすする彼。本当は苦いブラックが苦手なんだろう。だったらミルクや砂糖を入れてほしいと言えばいいのに、彼は我慢して飲んでいる。
きっと、背伸びがしたいのだろう。けれども、そんなところが大人には可愛くうつるんだということを、彼は気づかないでいる。