真夜中のホットライン - 2/3

2.

喉が乾いて目を覚ました。
身体が熱く、節々が痛む。喉がズキズキする。
しかし、仕事に行かなければ。
身体を起こそうとしたが、だるくてだるくて仕方がなかった。
「うぅ……」
風邪を引いたらしい。それはもう、疑いようもなく。昨日、寒空のなか歩き回ったからだ。その挙げ句に風邪を引くなんて、バカだ――。いや、バカは風邪を引かないんじゃなかったか?と一人ツッコミをする。
起き上がろうとして、激しく咳き込んだ。枕元に置いていた携帯電話を握る。店に電話をしなくてはならない。風邪を引いたから休ませてくれと。そこまで考えて、昨日、店主から、もう来なくていいと言われたのを思い出した。
そうだ。もう、行かなくていいんだった……。
安堵と、昨日の落ち込んだ気持ちがまたぶり返してきて、気力がつきたようにバッタリとベッドに倒れこむ。頭がボーッとする。もしかしたら熱があるのかもしれないが、体温計がないのでわからない。

メビウス1は昔から、あまり風邪を引かない方だった。軍人としては身体が資本。自己管理も仕事のうちで、日々鍛えていたし、自信もあった。けれど、辞めてから気が緩んだのだろうか。こんなのは久しぶりだった。
風邪なんて寝ていたら治る。今までだって、そうしてきたんだから。
買っておいたペットボトルの水だけを枕元に用意して、布団をかぶってさっさと寝ることにした。

熱いのに、ひどく寒い。寝汗をびっしょりかいていて、Tシャツがはりついていた。着替えたいし、風呂にも入りたいが起き上がれなかった。頭が朦朧として、時間の感覚がない。
なにか食べなくてはと思うが、ルームサービスが出るようなホテルではないから、自分で買いに行かなくてはいけない。しかし、外に買いに行く体力もない。
食事も取らず、ひたすら寝ているのに、一向によくなる兆しがなかった。このまま寝ているだけで、本当によくなるのだろうか。初めて、そんな不安を感じた。体の不調は、心まで弱くするらしい。不安で不安でたまらない。
息がつまって咳が止まらない。買い置きした水もなくなってしまった。
のどがひりつく。
――苦しい。
だれか……。
無意識に、メビウス1はそばに置いていた携帯電話を手に取っていた。震える指先で、記憶している唯一の番号を入力した。
数回、呼び出し音が鳴る。
5回。
10回。
15回を数えたとき、自分のしている行為に気づいて我に返った。
なにをやっているんだ、俺は。
風邪を引いただけでスカイアイに電話するなんて馬鹿げている。スカイアイに風邪を治す力があるわけもない。電話をしたって彼を困らせるだけだと、ようやく気づいた。
電話を切ろうとした、そのとき。
「Hello?」
ヒュッと息を吸う。電話口から聞き覚えのある懐かしい声。驚いて携帯電話を落としそうになった。
ああ……スカイアイの、声だ……。
それだけで感極まって目頭が熱くなる。無条件に安心してしまう声だった。
「――誰だ?」
メビウス1が黙っていたからか、それとも知らない番号からかかってきたからか、スカイアイは少し警戒した様子だ。
なにか話さなくては。しかし、なにを話していいのか、なにから話せばいいのかわからない。いや、そもそも今すぐ切った方がいいんじゃないか。そう思うのに――切れない。もう少しだけ、この声を聞いていたい。回線の先に彼が存在していると感じていたい。
胸がドキドキして、熱がさらに上がったような気がする。ゼェゼェと息をした。
「おい――まさか………………メビウス1、か?」
心臓が止まるかと思った。思い切り息を吸いこんでしまい、盛大に咳をする。
声を出していないのに、なぜ自分だとわかったんだろう。
「大丈夫か? おい、どうした! 」
「ス、スカイアイ……ッ」
久しぶりに発した声は、咳のしすぎで自分の声とは思えないほどガラガラだった。
「やっぱり、君なんだな。どうしたんだ。具合が悪いのか?」
「しん、どい……苦し――っ」
咳の合間から訴えた。
「今どこだ! どこにいる?」
「ホテルの……へや」
スカイアイが電話口からなにか叫んでいた。メビウス1は意識が朦朧として、自分がなにを話しているのかもよくわからない。しかし最後に、ずっと聞きたかったスカイアイの声が聞けて、苦しくても幸福な気持ちに包まれながら意識を失った。