『ラジオパーソナリティー×外に出られない人』
――午前九時を回りました。おはようございます。本日の司会は私が勤めさせていただきます――
ラジオから淀みなく流れてくる、少し低めの男性の声。理知的で美しい言葉遣い。俺はこのラジオパーソナリティーの声が好きだった。このネットの時代にラジオなんて時代遅れと思われるかもしれないが、逆に声だけだから、さまざまな想像が膨らむのだ。
俺は生まれてから一度も太陽の光を浴びたことがない。そういう病気だ。常に日の光を完全に遮る暗室のような部屋ですごす。生活に不自由はないけれど、この目で外の世界を見たいと思う感情は消えない。そんなモノクロームの日常を、想像力で彩ってくれたのがこの人だった。
俺は自分の境遇を綴ってラジオ番組宛に初めて手紙を出した。あの声の人に、いつも励まされていると伝えたかったのだ。
手紙を出した数日後、あの人に俺のペンネームが呼ばれ、心臓が止まりそうになった。
手紙の内容を読み上げ、俺の苦労を偲んでくれるパーソナリティー。
――いつもこのラジオを聴いてくれてありがとう。
外に出られない君のために、私がかわりにたくさんのものを見て、君に伝えよう。
春の花の匂いも、夏の焼ける熱さも。秋の山の美しさも、冬の雪の冷たさも……。
君の力になれるような放送を、これからも続けていくよ――
優しい声で紡がれる言葉に、俺は知らず泣いていた。それがたとえ放送用に創られた言葉でもかまわなかった。好きな人に自分の存在を知ってもらえたのだから、それだけで全てが報われる気がしたんだ。
でも。
「お見舞いの方がいらしているわよ」と、母。
俺には見舞いに来るような友人も、知り合いもいない。いったい誰が。
コンコンとドアをノックする音。
「失礼、入ってもいいかな」
遠慮がちな声。その声に聞き覚えがある――ありすぎる。
「君が、手紙をくれた“メビウス1”か?」
その人は俺の世界を、桜が舞う色に染め上げた。