800字チャレンジ - 7/16

『医者×患者』

先生に診察を受けるとき、いつも緊張した。
肌にひたと、吸い付くような聴診器。冷たさに一瞬震え、鳥肌が立った。
先生がじっと俺の胸の音を聴く。俺の心臓はいつもより早く拍動して、それが先生におかしく思われるんじゃないかと不安になり、さらに脈は駆け出す。
はじめの頃、先生は「緊張してる?」「大丈夫だよ」と優しく声をかけてくれたが、最近はいつものことだからか、何も言わなくなった。
先生は、ただじっと俺の胸の鼓動を聴くだけ。しんとした白い壁に囲まれた部屋に、トクトクと、自分の脈拍だけが大きく響いているようで恥ずかしい。
先生は聴診器を下ろすと、俺の頬を両手で包んだ。両目の下に親指をあて、下まぶたを下げる。じっと見つめられて顔が熱を持つ。視線を合わす勇気がなくて、天井付近を見る。目を合わせれば、体の異常を見透す先生の瞳が、俺の心の異常まで発見してしまうんじゃないか――。そんな気がして怖かった。
頬をおおっていた手のひらは、すっと下がって顎の付け根や耳の下辺りを撫で、首筋をたどり肩の上。先生が触れる、その度にゾクゾクして、俺はこれが苦手だった。けれども、先生の手が離れていくのをいつも惜しんだ。
俺は先生が好きだった。
だから、先生が俺だけを見つめてくれる診察時間はとても貴重で、大切で、でも恥ずかしくて、ドキドキした。大切だけど、永遠に慣れそうもない時間。
最後の関門も終わり、ほっと息を吐く。
いくつかの問診をして診察は終わった。先生は「異常はないよ。大丈夫」と微笑んでくれた。
「何か聞きたいことはないか?」
先生がいつも診察の最後にいう言葉だった。だから俺も、いつもの言葉で返した。
「いえ、特に……」
けれどその日はなぜか、いつもと違った。
先生は青い瞳で、俺の体の奥、心の中まで見すかすようにじっと見つめ、一拍おいて言ったのだ。
「本当に俺に、何も、言いたいことはないのかい?」と。