800字チャレンジ - 3/16

『聖職者×吸血鬼』

「こっちへおいで」と私が言うと、彼は血の通わぬような白い顔を輝かせた。
寝室の扉をしっかり閉め、さらに窓には光も漏らさぬカーテンをひく。ベッドに腰かけて、彼に向かい腕を差し出したが、彼は私の胸元を凝視して動かなかった。私の胸元に輝く十字架。
「ああ、すまん」
十字架を首から外して、サイドテーブルに置いた。すると、間髪いれず彼が胸に飛び込んできた。ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
「こらこら、苦しいよ」
口では咎めながら、笑っているのだから説得力はない。彼の髪をなでる。
「いいかい。私以外の人間を襲ってはいけないよ」
毎回、しつこく言い聞かせる。それは彼の為でもあった。吸血鬼がいると知られれば、彼は人間に殺されてしまうだろう。
「うん」
彼は素直にうなずく。その答えに安心して、くつろげた首筋を差し出した。彼の瞳がきらめく。首筋に唇の感触。その後、少しの痛みが走る。吸血は、実はたいして痛くもないし、吸われたからといって吸血鬼になるわけでもないらしい。ただ、どうにも困るのは、吸血行為は吸われる者に特別な恍惚をもたらす。
有り体に言えば――気持ちがいい。
首筋から全身に甘い痺れが広がる。それはじわじわと、私の理性を犯す。
「……っ」
頭には霞がかかり、されど五感は隅々まで目覚めてゆく。
ごくりと彼の喉がなった。唇を離した彼は白い肌を桜色に染めて、うっとりと目を細めていた。
「おいしい……」
ペロリと赤い舌が、口の端に垂れた血を舐めとる。あどけない顔が、まるで娼婦のような妖艶さを宿す。
下腹に全神経が集中した。彼を組み敷いて、めちゃくちゃにしたい――。
聖職者と言えど、私もただの人間の雄にすぎないと悪魔が笑っているようだった。
「もう、いいな」
さっと彼から遠ざかる。私の態度に、彼はいつも少し悲しそうな、傷ついた顔をする。可哀想だが仕方がない。そうしなければ、私が彼を襲う怪物になってしまう。だが、その痩せ我慢もいつまでもつか、わからなかった。