800字チャレンジ - 15/16

『研究員×人魚』

滑らかな肌。
しなやかにくねる腰。その先に、硬質な輝きを放つ銀の鱗。
俺は、美しい輝きに吸い寄せられるように大きな水槽に近寄った。
運悪く漁師の網にかかってしまった人魚。
ここは人魚を研究する施設で、俺は研究員だ。
彼は伝説のように歌いはしないが、優美な姿は俺を魅了した。
分厚いガラス越しに眺める。
彼は人間には興味がないとばかりに、ゆったりと水槽で泳ぐ。しかし、こうして夜の消灯後に何度も独りで眺めていると、彼は不思議なものを見るように近づいてきた。
透明なガラス越しに見つめ合う。
こんな狭い水槽に彼が閉じ込められているのが我慢ならない。
広い海を自由に泳ぐ姿が見たい。
衝動に突き動かされ、俺は手を差し出した。彼は何を考えているのかわからない瞳で見つめ返し、差し出した手を掴んでくれた。

人魚を抱き上げて浜辺に立つ。
彼の瞳は海を一心に見つめている。俺の存在などないかのように。
それでいい。
俺は、ただ、自由になった彼が見たかっただけ。
そう言い聞かせ、彼を海に放つ。
こちらを振り返りもせず、真っ暗な海の中を恐れもせずに潜っていくのを見送る。
――ああ、これで終わりか。
そう思った時だった。
彼がひょっこりと海面に顔を出した。
美しい音色が辺りに響き渡る。
これは、歌だ。解放の喜びに満ちた歌。
高すぎず低すぎないテノールの旋律は鼓膜を震わせ、頭をぼうっとさせた。ふらふらと海に一歩を踏み出す。
彼は歌いながらこちらを見ている。俺に向かっておいでおいでと誘うように手をヒラヒラさせた。
俺は迷うことなく海へ身を投げ出した。
真っ暗な海の中。伸びてくる白い腕。引きずり込まれる体。彼の瞳が白く発光している。
ローレライ。
美しい歌声で人を誘惑し、破滅させる。
そんな伝承が頭をよぎった。
囚われた彼を解放するつもりが、囚われたのは俺の方だったのだろうか?

――それでもかまわない。
連れていってくれないか。
君の、世界へ。