2月14日。
今日はバレンタインデー。
メビウス1は上空から、きらめく地上の星々を眺めた。今頃、地上では恋人たちが愛を語り合って忙しいのだろう。
不審な国籍不明機が現れたと知らせを受けて、スクランブル発進したメビウス1たちISAF機だったが、国籍不明機はこちらの陣容をみて去っていった。今回は戦いにならずにすんだ。あとは基地に帰るだけだ。
AWACSスカイアイから無線が入る。
《国籍不明機は去った。全機、帰投せよ》
《了解!……ああ、やれやれだぜ》
《バレンタインだってのに、色気のないやつらだ》
仲間たちのぼやきが無線に流れる。すわ戦闘かと皆が緊張した場面だったから、ほっとして思わず軽口が出てしまったのだろう。
《そうか、今日はバレンタインデーだったな》
初めて気がついたというように、スカイアイは仲間のぼやきを叱りもせず話題にのってきた。
《メビウス1、いつも君には誕生日プレゼントをもらっていたから》
急に無線で語りかけられて驚く。スカイアイは公私を分けるタイプだから珍しい。
《たまには俺からのプレゼントを受け取ってくれ》
何が始まるのかと、メビウス1だけではなく仲間も皆、耳を澄ましている気配を感じた。スカイアイの無線越しの声が耳元で優しくささやく。
《愛してるよ、メビウス1。帰ったら、とっておきのワインを一緒に飲もう》
「ぐ――っ」
思わず咳きこんだ。
スカイアイからの無線はそこでプツリと切れる。かわりに仲間たちの無線がざわついた。口笛。はやし立てる声。
戦闘機動をしたわけでもないのに頭がクラクラする。メビウス1は誰にも見えないはずの狭いコクピット内で羞恥に震えた。
「スカイアイの……ばか」
呟きは、星空を映したキャノピーに反射して消えた。
いつもお手本のように美しい着陸をするメビウス1だが、その日のランディングは珍しく乱れていたという。
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「いつまでふくれてるんだ?」
スカイアイがワイングラスを二つ手にしながら笑う。
「さんざんからかわれた……」
今はスカイアイの部屋でくつろいでいるが、基地に帰ったとき、仲間たちに冷やかされたのだ。スカイアイとの仲は、ほぼ周知の事実とはいえ恥ずかしすぎる。
「悪かったよ。これを飲んで機嫌をなおしてくれ」
ワイングラスに注がれるルビーのような紅い液体。メビウス1はあまり酒が強くないから、ワインを飲んで機嫌がよくなるのはむしろスカイアイの方じゃないかと内心つっこみながら、ワインを口にふくんだ。
「あ、美味しい」
思わずこぼれた感想に、スカイアイがしてやったりと得意顔をする。
「君でも飲みやすいものを選んだつもりだよ。……うん、すっきりして、フルーティーだね」
悔しいが、このワインの味は認めざるを得ない。何度かグラスを傾ける。
「こんなものもあるんだ」
スカイアイがブルーの包装紙に包まれた小さな箱をテーブルに置いた。
「なに?」
「開けてごらん」
少しワクワクしながら包装紙を剥がす。やはり、いくつになってもプレゼントを開封する瞬間は期待に胸を弾ませてしまうものだ。
「チョコレート?」
「今日はバレンタインデーだろ?」
「でも……バレンタインにチョコを贈るのって、ノースポイントだけの習慣だよね」
「ノースポイントのように女性から、というのは珍しいな。俺の故郷ではチョコレートに限らず、好きな人へ愛を告げるために男性側から何かを贈るのが普通だ。花とかカードとか。でも、君にはチョコレートが馴染み深いと思ったから」
“好きな人”とさらっと言われ、胸がドキドキした。アルコールの回りが早まって全身が熱い。
「い、いただきます」
誤魔化すように小さな四角いチョコレートをひとつ、つまんで口に放りこんだ。
「甘い……」
「俺にもひとつくれないか」
スカイアイがそう言うので、ひとつつまんでスカイアイの口元へ持っていった。しかし、スカイアイはそれを指でつかみ、なぜかメビウス1の口に寄せた。わけがわからず見返すと、じっとこちらを見つめる青い瞳とかち合う。その瞳の伝えたいことを、メビウス1は正確に読み取った。――読み取れて、しまった。
チョコレートを口にふくむ。溶ける前にスカイアイに近づき、顔を寄せる。スカイアイは完全に待つ体制だ。自分からキスをするのはすごく恥ずかしい。でも、身体中を駆け巡る熱が、理性さえも溶かし始めていた。
スカイアイの唇に触れる。少し冷たく感じるのは、自分の体温が上がりすぎているからかもしれなかった。
小さく開いた唇の隙間に舌を差し入れる。待っていたとばかりに絡めとられ、口内に引きずり込まれる。
「ん……っ」
腕が背中に回って、メビウス1を強く引き寄せた。
互いの舌の上を行ったり来たりするチョコレートはしだいに熱で溶け出した。甘ったるく、濃厚な味が口いっぱいに広がる。
「ふ、……ぁ」
口の中からチョコレートの味が消えるまで舐めつくされ、ようやく唇は離れた。スカイアイの肩に頭を乗せる。目の前がぐるぐる回ってふわふわして、すごく気持がちいい。
「スカイアイ……」
「ん?」
「俺も好きだよ……」
「……なんだって?」
わざとスカイアイにはわからないノースポイントの言葉で伝えた。あんなに恥ずかしい目にあったのだから、これくらいの意地悪は許されるはずだ。
「ふふ」
「おい、メビウス1」
スカイアイが肩を揺する。いっそうおかしさが込み上げてきて、メビウス1はクスクスと笑った。